苺畑より In the Strawberry Fields

苺畑カカシと申します。在米四十余年の帰化人です。

独立を拒んできたパレスチナの歴史

Tag:イスラエルの歴史

多くの人々が誤解しているが、イスラエルとパレスチナの問題は土地ではない。イスラエルはパレスチナ全土を占領しているわけではない。すでにガザはパレスチナに譲渡したし、ウエストバンクの一部を除けば、ほぼすべてがパレスチナの管轄内にあるのだ。パレスチナがその気になれば、パレスチナは独立国として存在できる。そうなったら今後一切イスラエル政府と戦争などする必要はなくなるのである。なのに何故パレスチナはイスラエルと交渉しようともしないのか?

この話は過去にも数回していると思うが、デニス・プレーガーがパレスチナが過去に何度も独立の機会があったのに、それをことごとく拒んできた歴史をまとめてくれているので紹介しよう。デニス・プレーガーはラジオトークショーホストでユダヤ教研究の著者でもある。無論本人はユダヤ系。

拒絶一回目:1937年。イギリスのピール委員会がアラブ人に80%、ユダヤ人に20%の土地を与えることでパレスチナの独立を提案。アラブ人は拒絶した。

拒絶二回目:1947年。アラブ人は国連のアラブとイスラエル分離計画を拒否。

拒絶三回目:1967年。エジプト、シリア、ヨルダンの同盟軍がイスラエル打倒のため戦争を仕掛けたが、かえってイスラエルに任されイスラエルはウエストバンクとヨルダンそしてガザをエジプトから奪い、ゴーランハイツをシリアから奪った。イスラエル人はガザにもウエストバンクにも興味がなかった。例外は東エルサレムのみ。ここにはユダヤ人がモハメッドが生まれる1400年も前からユダヤ人が3000年にわたり住んで来た土地。ここでもアラブ人はイスラエルとアラブの分離政策を拒否。

拒絶四回目:2000年。キャンプデイビッドでイスラエルのエフード・バラクがパレスチナのヤサー・アラファトにガザ全土と94%の東エルサレムを含むウエストバンクを提供すると提案。アラファトは拒否した。

拒絶五回目:2008年。イスラエルのオルメルト首相がバラク首相よりも多くの土地を提供すると提案したが、パレスチナは拒否した。

この間も話したように、ツイッターで私に絡んで来たパレスチナ出身らしきイスラム教徒は、私がイスラエルから攻撃を受けたくないのなら、和解して和平を結んではどうなのかと聞くと、イスラエルが今までパレスチナに対してやってきたことを考えたら和平などありえないと言っていた。しかし戦争を永遠に続けることでパレスチナに得るものなど何もない。にも拘わらず彼らはイスラエルとの和平はあり得ないと主張するのだ。いったいそれは何故なのか?

その理由は簡単だ。パレスチナが自分たちの独立を犠牲にしてでも戦わなければならない理由は、イスラエルというユダヤ教徒国家が存在していることにある。パレスチナにとって大事なのは独立でも平和でもなく、ユダヤ人の国であるイスラエル撲滅なのである。

プレーガーはイランが執拗にイスラエルの破壊を目指す理由はひとえにイスラエルがユダヤ教徒の国であるという宗教にあるという。イランはパレスチナなどどうなっても構わない。もしイランが同胞のイスラム教徒に関して多少でも興味があるなら、イスラム教徒であるウイグル人を弾圧している中国と付き合えるはずはないからだ。

考えてみれば、イスラム教というのは他の宗教と違って憎悪で成り立っていると言える。ま、創設者のモハメッドがユダヤ人を心から憎んでいたことから始まっているのだから当然と言えば当然だが。

なぜ国際社会はこの明らかな理由を無視してイスラエルとパレスチナの紛争は土地を巡って起きていると主張するのか。それは西洋社会はおもに世俗主義であり、世俗主義の我々は他の宗教を信じる社会を破壊しなければならないなどとは思わないから。第一、もしこれが土地を巡る紛争ではないとしたら、西洋社会はイスラエルを一方的に悪者にすることが出来なくなる。

いや、もっと困るのは、イスラム教の過激思想を責めなければならなくなることだ。

イスラエルから始めた戦争はゼロ