苺畑より In the Strawberry Fields

苺畑カカシと申します。在米四十余年の帰化人です。

自動車保険、お爺ちゃんの定期健診予約など、、

自動車保険で思わぬ落とし穴

つい先日、この間の交通事故について日本の友達とライン通話をしていたら、彼女が「え?どんな状況?「どんな角度でぶつけられたの?「ダメージはどこ?後ろ側、それとも頭部?」とまるで尋問みたいに聞いてきたので、なんでこの人質問の内容がこうも詳細にわたるのだろうと首をかしげていて思い出した。そうだ!彼女は去年引退するまで大手保険会社で交通事故のクレーム担当だったのだ!ああ、あなた仕事柄こういうのは慣れてるのよね、プロだもんね、と言ったら友だちははっと我に返り笑いながら、「ごめんなさ~い、つい仕事の癖が出ちゃったわ!」いえいえ、おかげで事故の状況が把握できたでしょ。

さてこの事故について先週保険会社に届けた。私の事故担当者とも電話して色々話をした。しかし週末中にあることに気付いた。この保険は主人と連名になっているが、メインの名前は主人のものだ。私も一緒に入っているから問題はないはずだとは思ったのだが、もしも車が大破してその分のお金が送られてくる時に主人宛てだったら私名義の新しい口座に入金出来ない。それで月曜日の今日、もういちど担当者さんに電話した。ところが私が私であることを証明するための手続きが非常に複雑。主人のソーシャルセキュリティーナンバー(日本で言うマイナンバー)、生年月日、暗証番号、それをきびきびと答えないと担当者につながらない。そしてやっと繋がったと思ったらパスワードを言えと言われて言ったのだが、それは主人のものなので私とは話が出来ないというのだ!そ、そんな!ちょっと待ってでもこれは連名の保険だからと何度言っても、駄目駄目、といわれ電話は切られてしまった!

仕方なくポリシーの方へ電話し、主人は亡くなっており、保険は私だけの名前にしたいと告げると、その名義変更の手続きがまあ~~~~~面倒くさかった!電話とスマホとパソコンを駆使して約一時間、すったもんだの末なんとか変更が出来たらしい。らしいというのもすべて切り替えるのに二日か三日かかるからというのだ。いやはや参った。もっと前にやっておくべきだったのだが、連名だから何も無理に変えなくても問題ないとたかをくくっていたのがいけなかった。

ま、ともかくこれで一応手続きは済んだので、明日当たり修理屋さんに電話して車を見てもらう必要がある。

お爺ちゃんの神経科から検診予約の電話

やっと保険会社との通話が終わってほっとしていたら電話がかかってきた。お爺ちゃんの神経科のお医者さんのオフィスからだった。電話に出ると「明日、お爺ちゃんの定期健診の予約がはいっていますが、、」と言われて驚いた。あれ、お医者にはホスピスから連絡行ってなかったのかな?

それで私はお爺ちゃんは亡くなりましたと告げて電話を切った。

多分以前に私はこのお医者に関する不満を書いたことがあると思うが、2020年にお爺ちゃんの認知症の診断が下りた時、このドクターはお爺ちゃんは原発性進行性失語症 (primary progressive aphasia PPA)だと告げたきり、それがどんな病気で、どんな風に進むのか、それが何年くらいつづくのか、といった説明を全くしてくれなかった。

そして一年に一回の検診では「まあ、そんなところでしょう、ではお大事に」で終わり。この先どうなるのかという質問をしても「それは誰にもわかりません」としか言わなかった。

去年の10月に介護施設に入ったお爺ちゃんがパニックを起こしたので、何か安定剤を処方してほしいと頼んだのに、ドクターは病院へ連れて行けの一点張り。どの病院へ連れて行くかまで指定したくせに、ドクターは一度もお爺ちゃんを診察してくれなかった。ドクターのオフィスは病院の敷地内で病棟からは目と鼻の先にあるというのにだ。

私は自分でこの病気についてネットで検索した。それによるとお爺ちゃんの病気の進み方はこの病気では典型的だった。この病気の寿命は発病から平均7から12年とあったが、お爺ちゃんは診断が下りる3~4年前に発病していたと思われるので、発病から9年から10年くらいで亡くなったことになる。また五段階と言われる進行状態も、ほぼ平均通りだった。ホスピスに入ってからの寿命もネット検索で得た6か月未満という平均値ぴったりだった。 

ネットで検索できるくらいだから、こうした情報を専門家の医者が知らないはずはない。だとしたらどうして彼はこのことを私に教えてくれなかったのか。

お爺ちゃんと同じ病気のブルース・ウィルスの夫人もお医者からは何の情報も得られなかったと話していた。もしかするとそういう具体的なことを患者の家族には言ってはいけないという規則でもあるのかもしれない。確かに個人差はあるので、数年と言われても20年生きる人はいるかもしれないし、7年といっても5年で亡くなるひともいるだろう。でも目安くらいは言ってくれないと家族としては心の準備が整わない。

と、忘れていたことをまた思い出してしまったよ。

デイサービス送迎後に転倒死亡した女性の事故、法廷は施設側に1800万円の賠償命令を下す

介護業に携わっている人や、家族がデイサービスを利用している人にとって、全く他人ごとではないこの事件。まずはNHKニュースより。強調はカカシ。

デイサービス送迎後に転倒死亡事故 介護施設側に賠償命令 2026年9月18日 22:41 裁判 都内の介護施設でデイサービスを利用した80代の女性が、自宅のアパートに送迎された後、階段で転倒して死亡したのは施設側の責任だと遺族が訴えた裁判で、東京地方裁判所は「転倒の危険を予測する注意義務を怠った」として、施設側に1800万円あまりの賠償を命じました。

判決によりますと、2023年12月、東京・墨田区の介護施設でデイサービスを利用した当時87歳の女性が、自宅のアパートに送迎された後、1人で2階に上がる際に階段で転倒し、死亡しました。 遺族は「施設側が女性に付き添わなかったために事故が起きた」として、施設の運営会社や代表に3400万円あまりの賠償を求める訴えを起こし、施設側は「転倒を予測するのは困難だった」と争いました。

18日の判決で、東京地方裁判所の大野晃宏裁判長は、施設側が女性について、筋力の低下や腰の骨折による入院歴などを記した資料を受け取っていたとして、「本人や親族などに過去の転倒歴などを確認すれば身体の状況を把握でき、危険を具体的に予測できた。こうした注意義務を怠り、事故が発生したと言わざるをえない」と指摘しました。 その一方で、送迎に当たって、本人や親族が転倒についての不安を積極的に示さなかった過失もあるとして、1800万円あまりの賠償を施設側に命じました。

我が父も週に二回ほどデイサービスに通っており、送迎バスのお世話になっているが、施設側が付き添ってくれるのは玄関までであり、その後は家族が付き添って家のなかに入れている。

この女性87歳でアパートの二階に一人住まいだったのだろうか?何故家族は足元もおぼつかない老人をエレベーターもないアパートの二階に住まわせていたのか?そもそもデイに通うほどなら、家族が階段の下で待機しているべきではないのか?送迎バスには何人も乗っているわけで、ひとりひとり部屋まで送り届けるなど無理だろう。そうしてほしいならそういう契約をしておくべきだったのではないか?

これについて介護現場の状況を辛口で常に発進しているごぼう先生の感想はこちら。

ごぼう先生の動画は数年前から私もちょくちょく観ているのだが、この間日本に帰った時、妹もファンだということを知った。確かに家族に要介護の人間がいる家庭では、彼の話は役に立つ。

うちの93歳の父は、今は自宅前まで送迎してくれる施設に通っているが、もう少し元気だった頃通っていた施設では、送迎バスは指定された場所までしか来てくれず、自分で施設まで来るか、せめてバス乗り場まで来れない人は入会お断りという規則になっていた。

今回の判決で送迎は途中までで自宅まではしないとか、送迎時には家族がバスから降りた時点から補助すること、とか色々規則が変わることだろう。しかしそうなって負担が増えるのは結局は家族だ。

こんなことは言いたくないが、80歳も後半になり、それまでにも何度か転んで骨折したりしている人なら、デイサービスの帰りでなくても転んで死亡に至るということは十分に考えられることだった。なにもかもデイに責任を押し付けるのではなく、もうそういう時期だったという諦めを持つことも大事だと思う。

トランスジェンダー活動家仲岡しゅん弁護士代理人による二つの訴訟

アップデートあり! 

**2件目の父親として承認されたいという女性の件について、時系列がはっきりしたので付け加えた。

 

以前から私は女性自認の男性であり自称『トランスを売り物にしているわけでも、トランスジェンダー活動家でもない』仲岡しゅん弁護士について書いてきているが、今回は彼が代理人になっている二つの訴訟についてお話しよう。先ず一つ目はトランスジェンダー自認の男性である山科りさ氏が50代の一般男性を名誉棄損で訴えている件。

朝日新聞 2026年4月13日

     トランスジェンダーだと明かして町議選で当選した大阪府島本町議の女性が、SNSで「女を偽装するインチキ議員」などと繰り返し差別的な誹謗(ひぼう)中傷を受けたとして、名古屋市の50代男性に200万円の慰謝料を求める裁判を13日、大阪地裁に起こした。

    原告の町議は河上りさ氏(43)。訴状などによると、河上氏は男児として出生届が出されたが、22歳だった2005年、性同一性障害特例法に基づき、男性から女性へと法的な性別を変更。性別変更前から20年以上にわたって女性として生活しているという。 河上氏側は訴状で、町議選期間中や当選直後の昨年3~4月、被告の男性からXやフェイスブックで「男なのに女を偽装するインチキ議員」「諦めの悪い女装変態男」「男が女の議席を奪いました」など17件の差別的な投稿をされた、と主張。     一連の投稿で重大な精神的苦痛を受けたのに加え、選挙運動やその後の政治活動でも、投稿の影響を受けたとみられる人物から執拗(しつよう)に攻撃されたと訴えている。 

トランスジェンダー活動家(TRA)が訴訟を使って批評家を黙らせようと言うのは彼らの常套手段だから今更驚かないが、私が仲岡氏が不誠実だと思うのは、彼は常に自分はTRAではないとか、トランスジェンダーを売り物にしてるわけではないと言いながら、明らかにトランスを売り物にしている山科氏のようなTRAの代理人になって、差別をゆるさないなんていう訴訟を起こすことだ。

仲岡氏はトランスに対して女性達が女性専用空間に入らないでと訴えるのは時と場合によっては正当だと言っておきながら、自分は女子トイレに入っていると公言しているし、山科氏に至ってはしょっちゅう女子トイレや風呂に入っていることをSNSで自慢し、それに抗議する女性達には「知らんがな」と踊りながらおちょくった動画までアップしている。

そして二つ目は個別変更前に採取した自分の卵子を使ってパートナーに子供を産ませ、自分を戸籍上の父親として認めろと言う裁判。

 朝日新聞 2026/9/18

     出生時に女性とされたトランスジェンダー男性が、性別変更前に採取した自分の卵子をパートナーの女性に提供し、子どもが生まれた。出産が二人の結婚前だったため、男性と子との間の法的な親子関係は認められなかった。これに対し、子が母親を法定代理人として、男性を法的な「父親」と認めるよう求める訴えを18日、東京家裁に起こした。

    卵子を通じて子と遺伝上のつながりがあり、出産後に法的な性別を変更した男性を、法的な「父親」として認めるかが焦点になる。原告代理人によると、こうした趣旨の訴訟は初めてとみられる。

 (略)

   原告代理人の仲岡しゅん弁護士は「特別な権利を求めているのではない。性的マイノリティーであっても、当たり前に家族をつくる権利を実現したい」と話す。   同種の裁判例では24年の最高裁判決がある。判決は、男性から法的な性別を変えたトランスジェンダー女性が自らの凍結精子を女性パートナーに提供して生まれた子について、この女性を「父親」と認めた。

以前やはり仲岡氏が代理人となって、戸籍変更前に凍結した精子を使って子供を設けた男性の件でもそうだが、このやり方は性同一性障害特例法の「未成年の子供がいない」と「生殖機能を持たない」という二つの要件を無効にする裏口侵入である。

そもそもなぜこのような項目が出来たのかと言えば、子供をトランスジェンダリズムの狂気から守るためだ。父親(母親)が突然性別を変えたと言い出せば、未成年の子供の精神状態に多大なる悪影響を与える。また戸籍上は父親(母親)の生物学的母親(父親)が出来ることは戸籍を混乱させる。

もちろん仲岡氏のような活動家の目的は日本の家族制度の破壊にあるのだから、こういう訴訟は全く期待通りと言えるだろう。

**アップデート

この原告が特例法で戸籍上の男性となり結婚した経過はこちら。下↓

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これによって素朴な疑問が生まれる。実子が生まれたのが11月なら戸籍上の性別を変える以前であり、戸籍変更に必要な未成年の子供が居ないという条件を満たしていないことになる。つまり、この戸籍変更は無効とされるべきなのでは?

 

2024年12月30日 

トランスジェンダー弁護士、自分はトランス代表でもトランスを売り物にもしていないと惚ける

先日Xで、弁護士の仲岡しゅん氏が他のツイッタラーさんたちとちょっとしたやりとりをしているのが目についた。とある匿名アカウントの人が「女性専用スペースに入らないで!女子スポーツに混ざってこないで。性自認を押し付けてこないで..」と言う女性の要求について、「これが彼らの言う 『トランス排除言説(清水晶子・他)』『トランスヘイター(仲岡弁護士・他)』 『生来女性がトランスを踏みつけている(吉田昌史弁護士)』 等等『トランス差別』の中身」だと指摘した。すると引き合いに出された仲岡しゅん弁護士が、「え?私がそういう主張をしたんですか? 詳しくお話聞かせてもらっていいですか?」とリプライを返していた。

ちなみに私は、 女性専用スペースに入らないで! 女子スポーツに混ざってこないで。 性自認を押し付けてこないで... これらは時と場合によっては正当な主張だと思いますけど、 それを全く無関係なトランス当事者に対してぶつけてくー仲岡しゅん(うるわ総合法律事務所) @URUWA_L_O 

それで私(カカシ)はよせばいいのにこんなコメントを書いた。

この人ズルいよね。トランス代表みたいなこと言っといて、都合が悪いと自分には関係ないんでって逃げるんだから。-カカシ姐さん

これにカチンときたのか仲岡氏はこんなコメントを返してきた。

私はトランス代表でもなんでもねぇ。それらが問題になっている時と場合において、現に問題となっている対象者に言うのなら、どうぞお好きになようになさったらよろしい。 しかし、そんな話題を出してもいないトランス当事者に対して、わざわざ首を突っ込んできてそういう話題を投げ付けてくるのは、下劣で性悪で実にさもしい行いですね。 ー仲岡しゅん

それで私は「へえ~そうなんだ~。トランスが売り物なんだと思ってたよ。」と返すと、

あいにく私は弁護士業が売り物であって、キャラ売りのタレントさんではありません。女性が何か社会的に成功すると、「女を売り物にしている」と言われるのと相似系。ー仲岡しゅん

と返ってきた。私はこれ以上のやり取りは不毛だと思ったのでやめたのだが、はっきり言って仲岡氏のこのお惚けぶりには呆れた。彼のお惚け作戦は何も今に始まったわけではないが、それでもここまでいうとは彼の不誠実さにはいつもながら驚かされる。特にトランス問題について語っているときに、故意に無関係な女性問題を持ち出して、女性たちの同情を買おうという根性は「下劣で性悪で実にさもしい」。

さてそれでは自分はトランスジェンダー代表でもトランスを売りにしてるわけでもないという仲岡しゅんと言う人はどういう人なのか、ちょっとネット検索をしてみた。その結果は下記の通り。(強調はカカシ)

 

==検索結果から抜粋==

ウィキペディア

仲岡 しゅん(なかおか しゅん、本名:仲岡駿[1]、1985年8月)は、日本の弁護士。うるわ総合法律事務所代表、大阪弁護士会所属[3]。関西大学人間健康学部客員教授[4]。MtFトランスジェンダー[注 1]当事者として、性的少数者の人権問題などに取り組む[10][11]。自治体、企業、学校などでの講演も多い[12]。著書に北樹出版「ふらっとライフ」(共著)ほか。

朝日新聞 

仲岡しゅん 仲岡しゅん なかおかしゅん 弁護士 関心ジャンル:司法ダイバーシティー人権 大阪府出身。出生時の性別は男性だが、女性として弁護士登録をするトランスジェンダー当事者。「うるわ総合法律事務所」を経営し、離婚やセクシュアルハラスメントなどジェンダーに関する案件を多く扱うほか、LGBTQや性同一性障害など性的マイノリティからの相談も多い。全国各地の自治体や学校、企業などでの講演は大阪弁での独自の語り口から評判を呼び、500回以上を数える。大阪公立大学などでも講師を務める。著書に北樹出版「ふらっとライフ」(共著)ほか。 

うるわ総合法律事務所 

仲岡 しゅんNakaoka Shun 仲岡 しゅん  プロフィール 大阪生まれの大阪育ち。

大阪市内の複数の法律事務所で経験を積んだのち、当事務所を開設する。 離婚や相続などの家事事件、債権回収や損害賠償請求などの民事事件、刑事事件、行政事件、企業や団体の顧問業務、不動産登記など、幅広い分野の業務を扱う。

現在は主に離婚やセクシュアルハラスメント案件に注力。 また、LGBTや性同一性障害(性別不合)などセクシュアルマイノリティの人権問題について、自治体や教育機関、企業などへの助言も数多くおこなう。

学校や企業、一般市民など幅広い層を対象にした講演会は、大阪弁での親しみやすい語り口から人気を呼び、全国各地で累計500回以上を数える。 各種メディアへの出演や執筆、大学での教員も務めるなど、マルチに活躍している。 趣味はアニメ鑑賞と海外旅行、一人焼肉。 堅苦しいこと、水くさいことが大嫌い。 

コーエンプラス

仲岡しゅんさん 講演会講師のご紹介

弁護士 仲岡しゅんさんは、男性として生まれ、現在は女性として活動している「トランスジェンダー」です。 2015年に弁護士となって以降、自身の半生を語る講演を100回以上行い、同じ悩みを抱える人たちに『ありのまま生きていい』と伝えています。

==抜粋終わり==

 

これらの仲岡氏のプロフィールを読んで読者諸氏は仲岡氏がどんな人なのかご想像がついただろうか?彼が女性を自認している男性で、トランスジェンダー活動に熱心であるということに気が付かれた方々はどのくらいおられるだろうか?いや、わかるわかる難しいだろう、なにしろ巧妙に隠されているから、、、

いや、まじめな話、これだけトランスジェンダー当事者として活動し、メディアでもことあるごとにトランスジェンダー当事者であることを強調している人が、自分はトランスを代表してるわけでもトランスジェンダーを売り物にしてるわけでもないと言えるのだから感心する(褒めてない)。

拙ブログでも何度も指摘しているが、トランスジェンダー活動には大きくわけて広報部と過激派戦闘部がある。仲岡氏のような広報部では一般市民が到底受け入れられないような要求や主張は表立ってはしない。そういうことは過激派戦闘歩兵たちにやらせるのだ。そして過激派の連中が女子トイレで自撮りしたり、女子スポーツに入れろと大騒ぎしたりすることが一般社会の顰蹙を買いはじめると、自分はそんな主張をしたことはない、自分には関係ない、と言ってすっとぼけるのである。

それでいて仲岡氏は未成年の子供が居ないという特例法の要件を隠して戸籍を変更した男性を弁護して戸籍変更後の未成年の子供認知を認めさせてしまったという実績がある。本当は戦闘部チンピラ連中より仲岡氏のような広報部活動家のほうがよっぽども危険で過激なTRAなのである。

だがもし仲岡氏の表向きの言い分をそのまま信じるとして、彼の意見や体験がトランス当事者を代表しないなら、我々一般人はなにをありがたがって彼の講演をわざわざお金を払って聞く必要があるだろうか。彼の発言には当事者としての価値は全くないと本人が認めているというのに。

仲岡氏はトランスジェンダー活動家(TRA)を何年もやっている。特例法の要件を緩和しようという訴訟まで起こしたひとだ、過激派TRAが何を要求しているか全くしらないなんてことはないだろう。もし仲岡氏が過激派連中の要求に全く同意できないのであれば、同じ活動家として当事者として、過激派の要求を糾弾するという手もあるはずだ。いっしょくたに扱われては迷惑だと思うなら、過激派の言い分をことあるごとに批判するなり、すくなくとも過激派の意見は活動家や当事者の意見を代表していないくらいのことを言ってもいいはずである。

だが仲岡氏は「自分はそんなことは言ってない」というだけで、過激派の言動を一切批判しない。それはなぜか?

聡明なる読者諸氏にはそれは明白なはずだ。仲岡氏のような広報部と過激派戦闘部は対なのである。それは必ずしも彼らが全員そろってどこかの密室で陰謀を企んでいるという意味ではない。最高上層部ではそういうこともあるだろうが、仲岡氏レベルの活動家らは多分そんなことはないだろう。だから彼らは自分らが個々に活動していると思っているかもしれない。だがこれらの活動家たちは皆どこかで繋がっている。広報部の連中は外部から批判を得るような言動はしない。だが彼らは過激派連中の行動を批判しない。なぜなら広報部も過激派も最終的目的は同じだからである。

そしてその最終目的は女性自認の変態男たちが女性空間に紛れ込むなどと言った程度のことでは収まらないのだ。

 

カカシ当て逃げ被害に遭う

今日、叔母ちゃん(ミスター苺の継母)と一緒に映画に行こうという約束で、彼女が一時的に住んでいる義妹(叔母ちゃんの実の娘)の家まで行く途中の高速で、二車線が一車線に混じる場所があり、後ろに居た車が私を左側から追い抜こうとした際に私の運転席側に接触。かなりの高速だったので私は一瞬コントロールを失い右側に反れた。高速で右側の壁に直撃しそうになりながらなんとかハンドルを切って一難は避けたものの、私にぶつけた車は一目散に闘争。私の車にはカメラはついてないからぶつけた相手が誰という証拠もなくどうしようもない。

幸い私は右側の何ともぶつからず怪我もなく無事だった。ただ、車自体はかなりの損害。アメリカだから左の運転席側は傷だらけ。ドアを開けようとするギーっというい凄い音がする。

保険会社に電話をして修理代を請求しようかなと考えてみたが、ここではたっとある事実に気付いた。実は私の保険はミスター苺が元軍人ということで、現役退役軍人が入れる特別に保険料の安い保険なのだ。ミスター苺が死んだあとも保険料は自動引き落としになっているのだが、ミスター苺亡きあと、私はこの保険を継続できるのだろうか?

確か私の記憶では軍人の遺族も継続できるはずなので、明日にでも電話してきいてみよう。それと私の車はかなり古い。そもそも中古で10年くらい前に買ったものだし、あっちこっち自分でぶつけて凸凹なのである。それで今回の損害も修理代の方が車の価値より上という可能性が大いにある。ということは運転が可能でも書類上は大破ということになる。

実をいうとそれならそれでいいと思ってる。大破した場合はそれなりの保険料が下りるはずなので、それを頭金にして新しい車を買えばいいのだから。実は私はこの間日本に帰るまえにこの車を処分してしまおうと思っていた。だからこの際だから新しいのに買い替えるのも悪い話ではない。

ま、ともかく怪我もなく、なんとか無事だったので良しとしよう。

突然始まった『AIは世界を滅ぼす』キャンペーンの裏にある陰謀

この間、やっと以前使っていた当座預金の銀行口座への振り込みや自動引き落としをすべて新しい口座に移すことが完了したので、ミスター苺の死亡証明書を提供して二人名義の口座を閉めた。全部完了するまで2か月もかかってしまった。先月、すべての手続きを始めてしまってから実は口座の名義を変更するだけで、なにも新しい口座を作る必要はなかったと知ったのだが、すでに始めてしまったので今更どうしようもない。ま、ともかくこれで銀行の方は終わったので一安心。

銀行の手続きも終わったことだしその他の書類の整理をした。実は7月に日本から帰ってきてから、なんだかんだと色々な書類が届き、その整理が面倒くさくてずっとリビングのコーヒーテーブルの上に置きっぱなしにしていた。それでどんどんコーヒーテーブルとは名ばかりの物置になってしまっていた。これでやっとソファに座りながらコーヒーをすすれるというものである。

また、あとでシュレッダーにかけようと*バーンバッグに貯めていた書類がまたまた袋二つ分も貯まっていたので、全部シュレッダーにかけた。考えてみたらシュレッダーを使ったのはなんと一年ぶり。道理で書類が貯まるわけである。

 

バーンバッグ

*バーンバッグ(burn bag焼却袋):機密書類ではないが個人情報など外部に漏れてはいけない情報が含まれる書類を焼却のために貯めておく紙袋。

AIは世界を滅ぼす?

さて、最近なぜか唐突に「AIは世界を滅ぼす」という話があちこちのメディアで取り上げられるようになった。きっかけとなったのはアンソロピックの元研究者というこの人の発言。

www.sankei.com

      米オープンAIを経て米アンソロピックに勤務していた英国出身の人工知能(AI)研究者、ジェーコブ・コクソン氏(27)が8日、アンソロピックを退社したと、X(旧ツイッター)で明らかにした。「どちらの会社も責任を持って行動していない」と、自らを改良する自己改善型AIの開発競争を批判している。

      コクソン氏は「彼らは自己改善型超知能に向かってまっしぐらに突き進み、私たちの命を賭け事にしている」と指摘。「この技術は、これらは間もなく、どんなものでもハッキングし、どんな分野も一夜にして革命化し、本物の力と資源を手に入れる超人的なシステムになる」と述べた。 その上で「AIを構築している人々は、それが今後10年以内に我々(人類)全員を殺す可能性があると本気で信じている。これはマーケティング上の誇張ではない」と警鐘を鳴らした。

       これに対し、アンソロピックAnthropicの研究者、エバン・ヒュービンガー氏がXで「AIが10年以内に人類を滅亡させる確率は10%を超えている」と同調した。

 このコクソンという男性は若干27歳。アンソロピックでの勤務期間はわずか6週間だった。それなのに、このX投稿の後、ウォールストリートジャーナルで彼の発言に関する記事が取り上げられ、あちこちのケーブルニュースに招待されてインタビューを受けている。

彼は2021年に「ニュースピーク(Newspeak)」という極左翼のNGOで働いていた。ニュースピークの目標は「民主主義技術プロジェクト」、「集団的変革」、「刑務所廃止」、「地域社会に根ざした危害防止・対応の廃止主義的アプローチ」、そして「絶滅抵抗(Extinction Rebellion)」といったものだ。これだけ読んでもこのNGOがどれだけ過激な左翼団体であるかがわかる。

不思議なのはコクソンが国を亡ぼすと言っている当のアンソロピックのCEOが、なぜかコクソンに全く同意する表明をしていることだ。

人気プラットフォーム「Claude」の開発元であるアンソロピックのCEO、ダリオ・アモデイは、「社会は、この技術がどのように利用されるかについて発言権を持つべきであり、必要な公的な議論を行うための時間――フロンティアの進展を緩やかにすることで得られる時間――が増えることは、間違いなく良いことだ」と語っている。

そして申し合わせたかのようにオープンAIのCEOやエンジニアたちが次々にAIの危険性について警鐘を鳴らし始めた。

ChatGPTの開発元である同社のCEO、サム・アルトマンは、最先端の人工知能の開発ペースを緩めることを検討しており、他のAI企業も同様の措置を講じることを期待していると述べた。

同社のチーフサイエンティストであるヤクブ・パチョッキ氏は最近、AIの危険性について警告する投稿を行い、AI企業は「必要に応じて将来の開発ペースを緩めるよう連携すべきだ」との見解を示した。パチョッキ氏はさらに、「共通の安全基準が確立されるまで、自主的な開発ペースの緩みが一般的になることを望む」と付け加えた。

マイクロソフトのビル・ゲイツ氏も、「AIを規制する『国際機関』の設立を提唱 「業界が自主規制を行ったり、AIがもたらす社会全体への影響を把握したりすることは、業界の役割ではない。 …AIに対する理解の深さは、政府を含め、あらゆる組織において不十分すぎる。」と語った。

ふ~む、AI技術を開発している会社のCEOたちが政府による規制が必要だと言い始めるなんて、なんかおかしくないか? 

デイリーワイヤーのベン・シャピーロはこう語る。

そこで疑問が浮かぶ。これらの開発者たちは、西側の将来を深く憂慮し、自分たちの活動を阻止するために政府の介入を切望している、善意の人々なのだろうか?

それとも――これらのAI業界のリーダーたちは、規制の乗っ取りを図り、より多くの利益を得るために、AIに対する世間の不安を煽っているのだろうか? 彼らは、新たな競合他社の参入を阻み、互いに結託し、業界全体を独占的に支配するために、AIのルールを書き換えようとしているのだろうか? 

AIの危機をオープンAIとアンソロピーの両社が同時に言い出したタイミングもおかしい。この両社が、史上最大規模となる可能性のある大規模な上場の最終段階にあることは周知の事実である。自分たちの開発がすでに最終段階に入ったからといって後に続く多々の競争相手の新開発を阻止するとしたら、自分らが政府に取り入って規制をかけてしまうことが一番手っ取り早い。つまり彼らは政府の手を借りて市場を独占しようとしているのだ。こういう政府機構をファシズムと呼ぶのだ。

しかしNVIDIAのジェンセン・フアンは、ジェイコブ・コクソンを「常軌を逸している」「全くの虚偽」「傲慢」だと批判し、イーロン・マスクも彼を「怪しい奴」と言っている。 

NVIDAはAIのためのハードウェアやインフラを開発しており、AMDのようなマイクロプロセッサメーカーと同様に、AIが動作するためのチップを製造していると。そして、こうした企業には、AIが可能な限り速いペースで発展し続けてもらわなければ困る。もしAIの開発が一時停止すれば、NVIDAは深刻な危機に陥ることになる。 

また、ChatGPTを開発するOpenAI、Claudeを開発するAnthropic、Llamaを開発するMeta、あるいはGeminiを開発するGoogleといったソフトウェア開発企業は、クローズドソース(closed source)とオープンソース(open source)という2つの形態でモデルを開発してる。

クローズドソースというのは、そのデザインの中身は誰にもわからない。つまり誰かが作った製品を使っているだけだ。クロード(Claude)に登録してデータを入力し、AIが欲しい情報を出力してくれる。だから使った分だけ使用料を払わなければならない。

オープンソースというのは、オープンウエイト(open-weight)とも呼ばれまた、モデルを機能させるための核心となる数学的なファイルが、オンライン上で無料で公開されていることを意味する。これは数式全体が公開されているわけではなく、大まかな構成要素が公開されているということだ。 つまり大まかなロジックは公開されているから、あとは自分で好きなようにアレンジすることが出来る。

しかしクロードやチャットGPTはアレンジは効かない。クローズドソースのモデルを起用している会社はオープンソースを使ってより良いAIを開発する会社は目障りなのだ。つまりオープンソースとクローズドソースの企業は利益相反の関係にあるというわけだ。そして今規制を厳しくしろと言っているのがこのクローズドソースのマイクロソフト、グーグル、アンソロピック、オープンAIといった会社なのである。

なるほど~なんとなくわかってきたぞ。

これについてJ.D.バンス副大統領は今規制を厳しくしろと訴えているのは誰なのかを考える必要があると語る。今規制を厳しくしろと言っているのはすでに市場で有利な立場にある企業だ。そういう企業が政府に安全のために規制を厳しくしろと言う時、それは社会のためなのか、それとも既存の大手企業のためなのか、問い返す必要がある。

マイク・ジョンソン下院議長は中間選挙を二か月後に控えて、突然世界が終わると大騒ぎし始めるのはどう考えてもおかしい。今突然AI開発を遅らせたら中国に抜かれてしまう。そんな愚かなことをやるわけにはいかないと記者会見で述べた。第一、AI開発に反対してるのは誰なのか、バーニー・サンダースはじめ社会主義者たちばかり。もしアンソロピックやオープンAIが開発を遅らせたいというなら、自分らでやればいい。政府が規制することではないと語った。全くその通りだよ。

誰が言ったか忘れたが、もしアンソロピックのAI開発が世界破滅を導くと本気で思うなら、さっさと会社を畳めばいいのだ。

これについてトランプ大統領はトゥルーソーシャルで、10年後に世界が終わるなんていうのは陰謀論だと一笑に付す。

     AIに必要な唯一の統制、つまり「ガードレール」とは、強靭かつ賢明(高IQ!)な大統領であり、米国にはそれが十二分にある!トランプ政権は、AIの「人間」たちが、今や「完璧な小さな天使」のふりをしているダリオ(Anthropic!)のように、悪事や悪事になりかねない「こと」を行うのを阻止してきたのだ。 そして、今後もその姿勢を貫き続ける! 我々はすでに、これらの企業に対して途方もない刑事・規制上の権限を握っています!AIやデータセンターを標的とした病的な陰謀が進行中ですが、それを喜んでいるのは中国だけです。AIを制した者が、すべてを制するのです!我々は中国をはじめとする他国をリードしており、今後もその地位を維持し続けます。陰謀論者、反逆者、裏切り者、情報漏洩者たちよ、用心せよ!
 
     本件にご注目いただき、ありがとうございます!
ドナルド・J・トランプ大統領

 

フェミニズムは女性の敵、女対男の戦いなら女は負ける

子殺しの母親に同情集まる

最近アメリカ中で話題になった裁判がある。それはリンズィー・クランシーという三人の幼い子供を絞殺した子殺し母親の裁判だ。残念ながら母親が我が子を殺すという事件は少ないとはいえ昔からあることである。80年代に日本人女性が子供を道ずれにサンタモニカで入水心中を試みて、自分だけ生き延びたという事件があった。

クランシーは自供しており、彼女の有罪は間違いない。だが、弁護側の言い分は、クランシーは産後鬱で一時的に正気を失っていたので、殺人の責任は負えないというもの。

三人も子供を(しかも実子)を殺したら即座に有罪判決、無期懲役か死刑になって当然のはず。ところがこの裁判、女性9人男性3人の陪審員構成で、有罪投票をしたのは何と黒人男性一人だけ。後の11人は無罪投票をしたため裁判は審理取り消し(mistrial)となってしまった。つまり裁判はやり直しにするか、検察が諦めて彼女が解放されるかのどちらかになってしまったのだ。

しかもこの裁判中、ティックトックなどのソーシャルメディアでは多くの女性たちが、クランシーは無実になるべきだというキャンペーンを行ない、多くの女性達が、クランシーに同情するという恐ろしい状況が起きていたのだ。

私は子育ての体験がないので、産後鬱も子育て鬱も理解できない。しかし子育てに疲れた母親が子供を殺しても一時的な狂気で無罪になるなんて世の中がいいはずがないということくらい理解できる。

それにクランシーの夫は家事育児に全く協力してくれないような男ではなく、子守を雇い、自分も1年の育休を取って買い物など家事に全面的に協力していた。事件当日も妻に言われて薬局まで薬を取りに行っていたほどなのである。こんな恵まれた環境にありながら、彼女は鬱を理由に精神科を渡り歩いて元看護婦という職業柄から欲しい精神安定剤を大量に入手していた。彼女が狂っていたというのは確かだが、それが産後鬱のせいだったのか薬の乱用のせいだったのかは不明だ。

今クランシーに同情して彼女は無罪になるべきだと言っている女性達は自分たちの主張が通った場合、今後女性の立場がどれほど弱くなってしまうのか理解出来ているのだろうか?

もしも産後の女性達の精神状態が我が子を殺すほど不安定だということがまかり通るのであれば、出産直後の女性の職場復帰は考え直すべきだということにならないか?そんな精神不安定な女性に大事な管理職など任せられない。いや管理職でなくても、子殺しをするような女がスタバとかのバリスタだったら客に出すコーヒーに毒をいれるくらいのことはやりかねない、なんてことにならないか?

離婚の際の親権にしてもそうだ。母親はホルモンの状態で子殺しを普通にやる可能性があるとなったら、今は普通に母親に渡される親権も母親より父親に渡すべきという理論も成り立つ。すくなくとも父親側が妻は精神不安定だとか、精神安定剤を乱用してるとか言い出せば妻側の立場はかなり弱くなる。

クランシーの罪を女性ホルモンのせいにするなら、女はヒステリーを起こすから仕事には向かないと言われていた「家父長制」の時代と何が違うんだ?女は弱い生き物だから守られなければならないというならそれはそれでいい。だがだとするならば、男女平等など吹っ飛び女は責任ある地位に就くことも出来なくなるが、フェミニストたちはそれでいいのか?

女性の社会進出と離婚の増加

最近やたらと専業主婦で子育てをしている女性達による愚痴をXや他のメディアで見かけるようになった。大抵の場合、旦那が家事や育児を全く手伝ってくれないというもの。もちろん家族だから夫でも家事育児に少しは協力するのは当然だが、一日中働いて残業や出張などで疲れ切ってる夫に完璧な家事を求めるのは理不尽な要求である。

私はこの専業主婦の生活は大変だというXポストは、女性を専業主婦から遠ざけようという陰謀なのではないかと感じる。ほんの数年前まで夫が長時間働いて妻が家事育児を担当するのは普通の状態だった。そりゃ奥さんたちは近所で立ち話しながら夫が何も手伝ってくれないと愚痴を言っていたかもしれないが、それでも夫が妻子を養うために働いてくれていることを感謝していた。そして夫の方も何も言わなかったかもしれないが、憩いある我が家に帰って来る度に、自分の妻子を養うことのできる仕事に生きがいを感じていたのではないだろうか。

しかし女性の社会進出が広がったことで、この均衡が崩れてしまった。今や妻が正社員でフルタイムで働く家庭は珍しくない。妻も夫も同じ時間働いて居るのなら、あきらかに妻だけが家事育児を担当するのは時間的に不可能であるし不公平である。しかしそんな状況でも家事育児を全くやらない夫も結構居るようだ。となると結果は明白、妻の収入で家計が成り立つようになったら妻は簡単に夫を離婚する。

現に妻の収入が夫の収入を上回る場合、離婚率は妻が専業主婦の場合より3倍も高くなるという。(ちなみに夫が働かずに主夫になった場合の離婚率はそうでない場合の5倍)

これは必ずしも悪いことではないと思われる方も多いだろう。昔は女性には経済力がなかったのでどんな屑夫とでも我慢して暮らすしかなかったと言われればそれは確かである。

だが女性の社会進出は必ずしも女性を幸せにしない。

女性にも経済力が期待される社会とは

フェミニズムが進んでいる欧州では結婚しても女性がフルタイムで働くことが期待されている。特にフランスとかドイツはその傾向が強い。

最近ソーシャルメディアでフランスやドイツ人男性と結婚した女性達の話をよくみかけるようになったが、彼女たちがそろって言うのは、これらの国々では専業主婦の地位は極めて低いということだ。周りの人たちも夫も妻が外でフルタイムで働くことを期待しており、経済力のない主婦は軽蔑されるというのだ。

しかし外国人である邦人妻が言語の壁を乗り越えて一般の地元民のような仕事に就くのは容易なことではない。特に育児をしながら言葉や技術を学んで就職活動をするなんてことが簡単に出来るわけがない。

しかし夫からはフルタイムで働けという圧力が常にかかり、かといって夫が家事育児に協力的かと言えばそうでもないというのだ。

私が聞いた酷い例では、ドイツ人男性と結婚した邦人女性の話で、彼女はずっと専業主婦として家事育児に専念していた。その間ドイツ人夫は何も文句を言わなかったのに、子供たちがある程度の年齢になり育児に手がかからなくなった途端、専業主婦の妻を尊敬できないといって離婚されたというのだ。子供に一番手がかかるときは妻に家事育児を任せっきりにしておきながら、それが終わったら離婚て自分勝手すぎる。

とあるフランス人夫の場合は妻が育児に追われてセックスレスになったからと離婚。かといって妻は子供を連れて日本に帰ることは許されず、言葉も出来ず仕事能力もないのに突然母子家庭になって途方に暮れる邦人妻。

日本と違って欧米では無過失離婚(no fault divorce)と言ってどちらがどんな理由で離婚を切り出しても相手は否応なく離婚せざる負えない国が多い。だから極端な話、配偶者が浮気して離婚したいと言いだし、親権もとられてマイホームを追い出されるなんてことは普通に起きる。

これだったらフェミニストが毛嫌いする家父長制度の、妻は家庭を守り、夫は妻子を養い、その責任を放棄して妻子を捨てるような男は社会的制裁をうけるという社会の方がよっぽども女性は守られていたとは言えないだろうか?

妻の経済力は離婚を誘発する

ネットで聞く話ばかりが現実ではないと思うが、ユーチューブなどで流れてくる離婚の話を聞いていると、昔だったら離婚になど結びつかないようなことが離婚の原因になっている。もちろん夫が浮気して家にお金を入れないとか、暴力を振るうとか言うのは論外だが、ちょっとした意見の違いくらいでもすぐ離婚を考えるのは、妻は夫無しでも生きていけると考えるし、妻が自分なしでやっていけるとなれば夫の方も妻子を捨てることに罪悪感を持たなくて済むからではないだろうか。

私は昔の離婚率が低かったのは、決して妻だけが我慢していたからではないと思う。経済力だけの問題なら経済力のある夫の方が妻に飽きたら簡単に離婚できたはずだが、そうはならなかった。何故なのかといえば、男には男に課せられた責任というものがあり、それを怠る男は社会的信用を失ったからである。

極端な言い方をすると、そもそも男に女は必要ない。もし妻子への責任がないのなら、男は浮草のように好きな女を渡り歩けばいいのである。メスだけで子育てをする動物は、オスの役割は単なる種付けだけであり、子育てはすべてメスが行う。しかし人間の場合はそうはいかない。それというのも人間の赤子はまだ人間として十分発育する前に生まれてくるため、最初の数年は無防備である。生まれてすぐ立ち上がって歩き回れる動物たちとは同じように行かない。つまり子供がある程度まで育つ間は子供も女も無防備であるから男の庇護が必要なのである。

だからこそ、どの社会でも結婚という制度で男は女子供を守る責任を負わされてきた。そして妻子を捨てる男は社会的信用を失ったのである。社会は種の存続のためにその制度を守ってきたのだ。

その安定した制度はフェミニストたちの理不尽な要求によって崩れつつある。

女対男の戦いなら女は負ける

何度も書いてるように、基本的に男に女は必要ない。離婚しても社会的制裁が一切ないなら男は面倒くさい責任など負おうとしない。ましてや女性から感謝もされないなら無理に夫や父なんて役割を果たす必要もない。妻の気まぐれで財産の半分を持っていかれ、愛する子供とも別れ別れ。共同親権があっても妻が子供に自分の悪口を吹き込んで面会できないようにしたりする。そんな面倒な結婚したいと思う男がいるだろうか?

職場でも同じことが言える。フェミニストがうるさいから女性枠を作って無理やり無能な女を雇ってきた企業も、もし男達がフェミに何と思われようと気にしないと腹をくくって無能な女たちを解雇したとしても企業は特に困らない。管理職に女性が居なくても企業は回る。現に何十年もそうやって企業は回ってきた。事実DEI雇用で雇われ成果を出せなかった女性達がどんどん解雇されている。

つまり、私が何を言いたいのかというと、男性社会に男女平等は必要ないということだ。フェミニズムなんて男にとって百害あって一利なしである。

じゃあいったい女性はどうすればいいのか?

先ず男を敵とみなすのを止めることだ。

強者にとって弱者は必要ない。だから強者の世界で弱者が強者と平和共存するためには、弱者の選択はみっつのうちひとつである。

  1. 弱者としての立場をわきまえ差別を甘受し、なるべく酷い虐待を受けないように努力する。
  2. 権力を握って自分が強者の立場になり多数派を弾圧する。
  3. 強者の良心と正義感に訴え公平な扱いを求める。

男は女にとって強い味方となりえる存在だ。だが基本的に女を必要としない男をどうやって女の味方にするのか。それは男が女を守りたいという男の本能に訴えることである。イスラム圏の野蛮人たちは別だが、文明社会の男達は女を家畜のように扱いたいとは思っていない。彼らもまた人生のパートナーになってくれる女性達を求めている。だから女性達は男性の良き伴侶となるために男性を味方につけるべきなのである。自分が感謝され必要とされていると感じれば、女子供のために文字通り火の中へ飛び込もうというのが男なのだから。

だからフェミニストの皆さん、そこをどいて、これ以上女性の幸せを邪魔しないでください。

崩れていく認知症患者を描いた映画、ザ・ファーザー

本日は2021年に公開され、アンソニー・ホプキンスが二度目のアカデミー主演男優賞を取った作品、ザ・ファーザーをご紹介しよう。

この映画は見出しでもわかるように認知症がどんどん悪化していく男性を男性の視点から見た話しである。当然のことながら私は公開当時は絶対見る気になれなかったのだが、今は精神的に落ち着いてきたのでやっと観ることが出来た。

あらすじを説明しようにも視点となる主人公の記憶が曖昧で話がきちんとつながるわけではないので難しい。

認知症を患っている老人アンソニーはロンドンで一人住まいをしているが、身の回りの世話をしてくれる介護士をすぐに泥棒扱いして追い出してしまう。今回も介護士が急に辞めたため、離れて暮らしている娘のアンがやってきて新しい介護士を手配した旨を父に告げる。同時にアンは結婚してパリに引っ越すことになったので、これまでのようにちょくちょく父のもとに顔を出せなくなると言う。だから新しい介護士とはうまくやってほしいと父に訴える。アンが居なくなったら自分はどうしたらいいのだろうか。見放されるようで途方に暮れるアンソニー。

そんなある日キッチンでお茶を入れたアンソニーがリビングに行くと見知らぬ男が居心地よさそうに座っている。誰だ、ここで何をしている、と聞くと男は自分はアンの夫で10年ここに住んでいる。お義父さんの介護士が辞めたから、お父さんが落ち着くまで一時的にここで一緒に住んでるんですよと言う。

「違う、ここはわしのアパートだ。違うのか?」

娘はどこへ行ったと尋ねると、男は妻は買い物に行ったという。鶏肉を買ってきたと言って帰ってきたアンに、手伝うよといって男は買い物袋を台所にもっていく。「あれはお前の夫か」と尋ねるとアンは「私に夫などいないわよ。何言ってるの?5年前に離婚したわよ」と言う。「え?じゃ今チキンを持って台所へ行ったのはだれ?」「誰も居ないわよ」。

これによってアンソニーがアパートで独り暮らしをしており、時折娘が顔をだしてくれ、介護士と口論になってすでに何人か辞めて行ったという話の大前提が完全に崩れてしまう。

ここから何度も、あるシーンで起きた出来事が次のシーンでは否定されるということが起きるので、観客もいったい何が真実で何がアンソニーの妄想なのかわからなくなる。

例えば最初にアンの夫だと言って出て来た男はいつのまにかいなくなり、新しくポールという男がアンの夫として出てくる。一人暮らしのはずのアンソニーが急に娘夫婦と同居しているという設定に変わるのだ。アンソニーは婿のポールがお父さんをここで面倒見るのは無理だから施設に入れようと娘と話しているのを聞いてしまい不安になる。

ところがまた場面が自分の元のアパートに変わって娘が新しい介護士のローラを連れてくる。「新しい人が来るって言ったでしょ?」というアン。ローラが次女のルーシーによく似ていると愛嬌を振りまくアンソニーを悲しそうに見つめるアン。妹のルーシーは事故でずっと以前に他界していたからだ。

観客はアンソニーが自分のアパートだと思っている場所が場面によって少しづつ変わっていることに気付く。常にアンソニーの寝室は長い廊下の突き当りにあり、反対側の突き当りがリビングルームになっているのだが、どうも時々様子が変わる。どの部屋に居ても他の部屋の様子は開いたドアの間から少し見えるだけ。登場人物が他の部屋へ行き見えなくなると場面が移り、それまでの状況から完全に変わってしまう。

アンソニーにとって、部屋を出て自分からは見えなくなってしまう人が戻って来るのかどうか全く分からない。それどころか今ここに本当に居たのかどうかさえ確かではないのだ。

観客は常にアンソニーの視点で観ているので、アンソニーが実際に居る場所が彼のアパートなのかアンが夫と暮らすアパートなのかわからない。それをいうならどちらでもないのではと思わせる場面も出てくる。アンソニーが窓から観る景色がちょっとづつ変わるのだ。

この先ネタバレ(?)。

ずっとアンソニーの視点で観ていた観客だが、映画は最後の方で客観的な第三の視点に移る。そこでは大きな介護施設の建物からアンが建物を振り返りながら寂しそうに一人で出ていくシーンに続き、介護施設の病室の一人でいるアンソニーのシーンになる。

そこへ看護婦が薬をもってやってくる。

「君は看護婦か?」「そうですよ。」「アンは、アンはどこへ行った?」

ここで看護婦は娘のアンは夫と共に数か月前にパリへ越したと説明する。

それまでどこへ行ってもそこは自分のアパートだと主張していたアンソニーは急に不安になって看護婦に尋ねる。「ここはどこだ?」「私は誰だ?」

「アンソニーよ」

看護婦にそう言われてアンソニーは名前をかみしめるように繰り返す。

「アンソニー、いい名前だ、ママがつけてくれた。ママは時々来てくれるのかな。ママが迎えに来てくれるよね。ママ、ママ、ママに会いたい」

看護婦はアンソニーを母親のように優しく抱き寄せ、「着替えて散歩に行きましょう。いいお天気だもの。帰ってきた食事をするのよ。そしてお昼寝しましょう」というようなことをいってアンソニーをなだめる。

アンソニーを演じたアンソニー・ホプキンスは当時82歳だったそうで、後のインタビューで自分は年寄りだからこの役を演じるのは難しくなかったと語る。自分の亡くなった父親のことを思い出しながら演じたのだと言う。

うちのお爺ちゃんも自分の名前を忘れてしまったので、お爺ちゃんとはよく、お爺ちゃん、名前を言える?お爺ちゃんはア・ン・ソ・ニーよ。と言って「ア~、ア~ンソ?ん?」と言った会話を交わしたものである。これが私の名前になるとまるでダメだった。私のあだ名はたった二音節なのにそれが言えなくなっていた。でも叔母ちゃんの名前は「○○!」としっかり言えたのに。不思議だ。

アンソニーが、ママ、ママ、と言って泣き出すシーンは介護経験のある人なら泣かずにはいられないだろう。一度お爺ちゃんをデイに預けて、帰りに迎えに行った時、お爺ちゃんは私を見るなり「あ~、あ~」と言って両腕を伸ばして近づいてきて、私を抱きしめてワンワン泣き出したことがあった。

どうしたの、ベイビー、もう大丈夫よ。お家へ帰りましょう。

と私はこの看護婦のように、まるで子供をあやすみたいに話しかけたものである。

この映画を観る前に紹介動画を見たのだが、それではアンソニーは最初から介護施設におり、この一連の出来事はアンソニーの妄想だったと結論付けていたが、それは必ずしも正しくないと思う。映画自体はそのへんの説明を一切しないからどこまでが本当でどこからがアンソニーの想像・妄想なのかは知る由もない。

だが私なりに多分事実だろうと思えることを書くとこうなる。

  • 娘のアンは5年前に前の夫と離婚している。
  • 数年前に事故で次女のルーシーは他界している。
  • アンソニーは一人でアパート暮らしをしていた時期があり、その頃は娘の雇った通いの介護士が来ていた。
  • 父親の一人暮らしは限界と悟ったアンは良い施設がみつかるまで、しばらくの間現夫と共に父親と同居していた。
  • 数か月前に夫のパリへの転勤が決まり、アンは父親を介護施設に預けた。
  • アンソニーはその後ずっと介護施設で暮らしている。

これらのことは本当に起きたことだと思う。ただその順序がアンソニーの記憶のなかでごっちゃになり、さらに自分の想像や妄想とも重なって何が何だかわからなくなっていたのだ。例えばリビングでくつろいでいた見知らぬ男性や新しく来たローラという介護士の女性などもアンソニーの想像というより、以前彼が知っていた誰かのイメージが重なったのではないだろうか。

私もよく夢のなかで昔の知り合いと今の知り合いがあり得ない状況で一緒に居たりするのを見るから、アンソニーの場合もそんな感じだと思う。

映画を通じて感じることは、アンソニーが住み慣れたアパートからどこか見知らぬ場所へ連れていかれる、そして愛する家族から見放されてしまうのではないかという不安だ。それが最後のママに迎えに来てほしいという訴えに凝縮されているのだろう。

 

 

邦題:ファーザー、2021年公開

監督 フローリアン・ゼレール

脚本 フローリアン・ゼレール クリストファー・ハンプトン

原作 フローリアン・ゼレール

出演者:

アン:オリヴィア・コールマン

アンソニー:アンソニー・ホプキンス

ポール: ルーファス・シーウェル

ローラ:イモ―ジェン・ブーツ

男性:マーク・ゲイティス

女性:オリビア・ウイリアムス