苺畑より In the Strawberry Fields

苺畑カカシと申します。在米四十余年の帰化人です。

盗作と経歴詐称がばれて自殺したケンブリッジ教授、不正を暴露した白人教授が反対に停職処分になる

先日お話したケンブリッジ大学史上最年少と言われた黒人教授ジェイソン・アデイ氏が、実は多くの盗作をし、かなり広域にわたって経歴詐称をしていたという話をした。(ケンブリッジ大学最年少教授の履歴詐称がばれて本人辞任、直後に自殺 )そしてそのことがばれて辞任に追い込まれ、その後自宅で自死したというお話もお話したが、彼の死後一部の人権屋たちの間で、彼は人種差別の犠牲になったと訴える声が高くなっている。そしてアデイ氏の盗作を最初に暴いた元ケンブリッジの研究員ネイソン・コフナス氏が彼らの攻撃の的となってしまい、なんとコフナス教授は在籍している大学から人種差別の疑いで停職処分にされてしまったというのだ。

ザ・スぺクテーターに載せられたこの記事を参考にお話ししよう。(Ghent University shouldn’t have suspended Nathan Cofnas | The Spectator Toby Young著)

ロンドンのトラファルガー広場で行われたアデイの追悼式において、何人かの演説者はまるでアデイの自殺がコフナス教授のせいであるかのように名指しで責めた。その中にはダイアン・アボット議員もふくまれていた。

ネイソン・コフナス教授

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このコフナス教授というのは、今の時代には問題となる研究をしている人で、以前にも人種間の成果格差には遺伝子が関与しているとするもので、これが原因で彼は以前にケンブリッジのエマニュエル大学から解雇されている。

そして今度は彼がポスドク研究員として在籍していたゲント大学は、調査の結果が出るまで彼を停職処分とした。彼の「罪」は、どうやらアデイの盗作を暴露したことではなく、その後、不適切な言い方でその件について語ったことにあるようだ。これはFSUで繰り返し目にする手口である。重要なのは「何を言ったか」ではなく、「どのように言ったか」なのだ。

同大学の声明によるとコフナス教授の発言に対してどれだけの人が苦情を言ってるかが問題だというのだ。いや、これは俗にいう*heckler's veto(野次たちによる否決)というやつである。

*「ヘックラーズヴィトー」とは、他者による妨害的あるいは敵対的な反応によって発言者が黙らされる現象を指し、多くの場合、予想される混乱を防ぐための政府による措置が伴う。ーコパイロット君

ゲント大学はコフナス教授を在籍させ置くことで人種差別の汚名を着るのが怖くてコフナス教授を辞めさせようというのだ。悪いのは盗作をしたアデイ氏であり、そのような如何様師の身元調査もせずにDEIを満たしたい一心で雇ってしまったケンブリッジ大学にこそ責任があるはずだ。それなのに悪事を暴露したコフナス教授が罰せられるとはどういうことか。

コフナス教授がこのことで解雇されれば、今後アカデミアではDEI雇用の教授たちを誰も批判できなくなる。たとえ不正があることがわかっても、それを告発する人間など居なくなるだろう。

だがそれでいいのか、イギリスのアカデミアは。いったいアカデミアに少数民族が無理やりねじ込むことに学問としてどんな利益があるというのだろうか?

以前にも書いたが、黒人教授を受け入れるために不正を黙認し、その不正を暴いた白人教授を罰するようでは、黒人に対する反感はかえって増長されるだけで、人種間の関係などよくなりようがない。今はDEIが幅を利かせているが、もし権力が逆転したら、こんどこそ黒人の立場はずっと悪くなるだろう。白人たちがもし多数派として権力を取り戻すことが出来たなら、もう二度と白人たちは多様性なんてものを受け入れることはなくなるだろう。

イギリスではすでに主要都市では白人が少数派になっている。もしかすると白人たちが権力を取り戻せる時期はとっくに過ぎてしまったのかもしれない。

監督の時代劇への愛を感じる、侍タイムスリッパ―

今日は非常に実りある一日だった。朝8時半からこの間入会したばかりのジムで行われたラテン音楽で踊る体操クラスに参加。ズンバとほぼ同じなのに何故そういう名前ではないのかは不明。行ってみると参加者のほとんどが常連さんらしく、皆いくつかのグループになってぺちゃぺちゃしゃべくっていた。参加者の年齢は若い20代の人から私くらいの中高年者と色々だったが全員女性。

ちょっと遅れて来たインストラクターの男性は明らかにゲイという仕草のつるっぱげで筋肉質の身体に紫のタンクトップに半ズボン。私を見て「初めて?」と聞くのでそうだというと「初めての人に拍手~」と大声で私を指さして言った。参加者の女性たちが大きな拍手をして歓迎してくれた。

途中でわからないステップを周りの女性たちが教えてくれ、クラスが終わると数人の女性が私を囲んで「初めてなのによくやった」「また次の回にも来てね」と言ってくれた。インストラクターの叔父ちゃんも「月水金だからね、忘れないように」と言て汗だくの体でハグ。なんかとっても歓迎されちゃってうれしかったよ。

さて、やってる時はそうでもなかったが帰ってきたらぐったり。そりゃそうだ、あんな運動したの久しぶりだもの。それで午後はゆっくり読書でもしようとスマートテレビをステレオ替わりに音楽でもかけようとスイッチを入れた。そしたらアマゾンプライムのおすすめ映画になんと日本の時代劇が出て来た。私はテレビはほとんど見ないので、テレビはもっぱらステレオ替わりなのだが、その宣伝がおもしろそうだったので、どんなもんかちょっと見てみようと思った。英語のタイトルは"A Samurai in Time"だったのでこのタイトルからではどんな内容なのか全くわからなかった。しかし見始めて冒頭のシーンですっかり嵌ってしまい引き込まれるように全編観てしまった。いやあ、すばらしかった、感動した。

映画は会津藩の侍高坂新左エ門と村田左之助の二人が長州藩の侍を待ち伏せするシーンから始まる。二人が長州藩の若い侍に向かって「山形彦九郎殿とお見受け申す」と声をかけた時、山形が「その訛は会津藩のものか、、」と答えところで、私はドキッとした!ちゃんと昔風の侍言葉、しかも長州と会津の訛を使い分けてる。この映画監督ただ者ではないなと思ったのだ。

私は以前から時代劇なのに登場人物が現代風の話しかたをすることに非常に違和感を持っていた。特に幕末劇の場合はそれぞれ地方から出て来た侍たちのお国訛りは物語のなかで重要な役目を果たすにもかかわらず、多くのドラマがそれを無視してあり得ない状況を作っていることに苛立ちを感じていた。だから冒頭からこのように訛を使い分けていることに私は限りない喜びを感じたのである。

山形に最初に切りかかった村田はすぐに山形の刀の鞘でみねうちにあってしまい気絶する。残った高坂と山形は雨のなかで一騎打ちになる。そして雷が鳴り響き、一筋の稲妻が二人の構えた剣に落ちる。

次のシーンで高坂は江戸の街中で倒れている。京都の寺の前に居たはずなのに、なぜ江戸の町に突然移動したのかよくわからない。待ちゆく人々は普通に江戸時代の町人ばかりなのだが、なにやらしゃがんで話をしている町人の女と魚売りの会話はパントマイム。高坂が声をかけると二人は身振りでしゃがめと合図、相変わらず声はださない。

そこで若い娘が浪人に絡まれる。高坂が助けに入ろうと刀に手をかけたところで、格好いい二枚目の心配無用の介なる侍が割って入り娘は救われる。高坂がほっとしてると、突然「カ~ット!」という監督の声。そう、これは江戸の町ではなく、何と京都太秦の時代劇のセットのなかだったのだ。

ここで初めて私はこの映画は普通の時代劇ではなく、よくあるタイムスリップの話なんだなと気付いた。な~んだ、そんなちゃちな映画なのか、と一瞬思ってしまった。もし私がこの映画の日本語タイトルを知っていたら、ここで驚いたりはしなかっただろう。何せ邦題は「侍タイムスリッパ―」という非常にダサい題名だからである。

正直私はこの邦題を知らなくて良かったと思う。なぜならこのタイトルだったら、また江戸時代の侍が現代にタイムスリップして現代の文明の利器に驚くとかいう使い古された内容で笑いを取ろうというのだなと思い込んで映画を見ようなんて思わなかったかもしれないからだ。

だが実際はそんな安っぽい筋ではなかった。高坂は確かに最初は自分がどういう世界に来てしまったのか解らず困惑する。しかし京都の現代的な町中をさまよううちに、自分が140年後の世界に来てしまったことを悟る。そして自分が紛れ込んだのは時代劇というお芝居の世界だったのだということに早々に気付くのである。

つまり高坂は馬鹿ではない。そしてここで監督は安っぽいありきたりのギャグで笑いをとるような観客を馬鹿にした映画をとっていないのである。

高坂は自分が現代の日本で生き延びるためには、自分にある武士として剣術の技術を生かした仕事をすべきだと考える。それで「心配無用の介」というテレビドラマの助監督をしている山本優子と高坂がたどりついた寺の住職夫妻らに助けられて、時代劇の切られ役になる。元々剣術の達人である高坂は切られ役としてその技術を認められ、少しづつ切られ役上手として引手あまたの存在となっていく。

そこへ10年も時代劇から遠ざかっていた人気俳優の風見恭一郎を主演とする新作時代劇映画の制作が発表される。撮影所所長である井上から呼び出された高坂は、風見直々の指名により新作映画の準主役に抜擢されたことを告げられる。自分はそんな器ではないと断る高坂に風見は衝撃の事実を打ち明ける。

というわけで、この先はネタバレになるので控えておこう。ただこの映画は非常に人気が出た映画なのでどういう終わり方をするかもうすでにご存じの方も多いかと思う。

この映画のすごいところは、これが自主制作の映画であり、予算も2千万円という超低予算映画だったにもかかわらず、最初は一つの劇場だけの公開が口コミでどんどんひろがり全国公開になり、どんどん人気が出て日本アカデミー賞の最優秀作品賞に選ばれるまでになってしまったことだ。

(映画)侍タイムスリッパ―@センチュリーシネマ~2024年版「カメラを止めるな」 - Life is a showtime

私は日本の俳優さんのことはあまり知らないので、この映画の出演者たちが比較的無名俳優ばかりだということを知らなかった。すべての俳優が実力派で縁起がものすごくうまいだけでなく、時代劇の俳優ということで多くの殺陣のシーンがあるのだが、役者たちの剣術の腕がすごい。

私は昭和の時代劇全盛期にテレビを観ていた人間なので、それはそれは多くの時代劇を見た。また、昭和30年代に人気のあった映画もしょっちゅうテレビで放映されていたので、銭形平次を演じた大川橋蔵さんや子連れ狼の万屋錦之助さん(旧中村錦之助)たちの若い頃の映画もたくさん観た。だから殺陣に関しては結構うるさい方だと思うが、この映画の殺陣シーンはすばらしい。特に最後、高坂と風見との決闘のシーンは本気でドキドキしてしまった。

高坂は幕末で終わりの近づいた時代の流れについていけずに必死に戦っていた侍である。そして現在も廃れた時代劇をなんとか守ろうとしている人たちと通じるものを持っているのである。

この映画はその後海外でも公開され人気を博した。劇中劇の「心配無用の介」はスピンオフ番組として今年の7月からテレビ放映が始まった。それからなんと宝塚でも侍タイムスリッパ―という題名で公演が始まったそう。

豪華キャストが集結!連続時代劇『心配無用ノ介 天下御免』の魅力 - サードニュース

監督が自腹を切って車を売って一年以上かけて作ったインディー映画とは思えない結末である。

 

監督:安田純一

主な配役:

高坂新左衛門 - 山口馬木也

風見恭一郎 - 冨家ノリマサ

山本優子 - 沙倉ゆうの

殺陣師関本 - 峰蘭太郎

山形彦九郎 - 庄野﨑謙

住職の妻・節子 - 紅萬子

西経寺住職 - 福田善晴

撮影所 所長・井上 - 井上肇

錦京太郎(心配無用ノ介) - 田村ツトム

斬られ役俳優・安藤 - 安藤彰則 

村田左之助 - 高寺裕司 

 

 

カカシ姐さん、ジムへ行くの巻

先週6年ぶりにジムの会員になった。私とミスター苺は2020年まで30年近く、とある24時間営業ジムの会員だった。私たちが今の街に越してきた1990年代初期に大通りに大きなジムが開店することになった。私とミスター苺は郵便のチラシでそれを知って見学に行ったのだが、その時はまだ工事が終わっておらず、いつ開業するのかは未定だった。しかし開業する前に会員登録をしてくれたら入会金の後は毎月の会費は二人で45ドル。そしてその値段はジムが存在する限り何年経っても変わらないという話だった。ジムは遅くても2~3か月で開業しそうだったので、開業するまでの3か月くらいの会費は無駄になるが後々そのまま会費があがらないならその価値はあると思い入会したのだ。

それからほぼ30年間、そのジムは最初の契約通り会費を値上げしなかった。しかも途中で他の大手チェーンに買収されてからは、私はそのチェーンのジムならアメリカ中どこでも使えるようになり、ハワイをはじめあちこちに出張した私には好都合だった。

そのジムを辞めたのは私の選択ではない。コロナ渦でジムは一年間の休業を余儀なくされた。しかしその後やっとロックダウンが終わって再開したものの一年間の休業で失った利益を取り戻すことは出来なかったらしく、ジムは閉業においこまれてしまった。ちょうどこの頃、ご存じのように私の方も色々あってジム通いどころではなくなってしまったので、そのままになっていたのだ。

最近前のジムは別の会社に買収されたらしく再び同じ名前で同じ場所で操業を始めた。しかし昔の契約はとうに無効だろうし、私も引っ越して遠くなったことでもあり、私はうちの近所に新しく出来たジムに入ることにした。

このジムは以前は別の名前の大手チェーンだったのだが、そのジムがつぶれてこの会社が買収したとのこと。その際に前のジムの古い器具などはすべて撤去して新しいものに取り換えたのだと前々から居るメンバーの口コミにあった。

このジムは結構規模が大きいし、機械も多く、またズンバやヨガやピラティスのクラスなどもある。基本会費はそんなに高くない。入ったばかりでまだ数回しか行ってないが、うちから歩いて行ける距離なので気に入っている。

それにしても私が行った時間は週日の午前10時頃だったのに、若い人がたくさん来てる。この人たち仕事してないのかな?それともみんな在宅勤務で時間が自由になるとか、、

床から手をつかずに立ち上れた!

初日だけ無料の個人レッスンがあった。トレーナーさんから何かやりたいことはあるかと聞かれたので、床に座った状態から楽に立ち上がれるようになりたいと相談した。

実は数か月前に腹筋運動をやろうと思って床に寝そべった時、運動が終わっていざ立ち上がろうとしたら全然立ち上がれない。ごろごろと裏返しになった亀みたいに床であがいた末、近くの本棚を伝ってなんとか立ち上がれたのだが、いやあ、あのまま立ち上がれずに寝そべったままになってたらどうしようかと焦った(笑)。

実家では私のベッドはなかったので、和室に布団を敷いて寝ていたが、毎朝布団から起き上がるのが一苦労だった。二か月半も居たのに全然うまくならなかった。

トレーナーさんは膝をついて腕をつかって立ち上がるやり方を教えてくれ、それを試したら非常に楽に立ち上がることが出来てびっくりした。ああ、このやり方を知っていたら日本で毎朝布団から起き上がる時にあんなに苦労せずに済んだのに。

昔、何かの折、手を使わずに床に座った状態から立ち上がることが出来ればまだ身体の老化は始まっていないという話を聞いたことがあった。その話をミスター苺にしたら、じゃあ試してみようということになり、二人で試してみたら二人とも胡坐をかいた状態から手を付かずに難なく立ち上がることが出来た。かれこれもう20年近く前のことだったと思う。

カカシ注!試したい人はバランスを崩しても大丈夫なようにソファの前とか捕まるもののあるところでやってください!

さてそれで、また昔のように手を床につかずに立ち上がれるようになりたいと思い、昨日ユーチューブのビデオでいくつかそのやり方を観た。ひとつのビデオでは立った状態から床に腕を使わずに座り、その後腕を使わずに立ち上がるやり方を示していた。それで昨晩試してみたが全然ダメ。最初は椅子を使ってバランスを取りながら徐々にやりなさいとのことだったので、これから毎日ジムで練習しようと思った。

それで今日、昨日見たビデオを思い出しながらジムで何回か試してみたが全くだめだった。座る時は途中でバランスが後ろへ崩れて尻もちをついてしまった。床にはついたがこれはお世辞にも座ったとは言えない。立ち上がるのは身体の重心を脚に移すことができないのでのっけから望みがない。

仕方ないので今日は諦めて他のことをしようと思いスクワットを始めた。しかしスクワットをやりながらあることを思いついた。私はスクワットの時に結構深くしゃがむことが出来る。このくらいしゃがめれば和式トイレも楽勝だろうと思うくらい膝が曲がるのである。だったらこの状態で膝をついたらそのまま座れるのではないかと思ったのだ。それで片方の足を後ろに回して膝をついてみた。そしてゆっくり重心を後ろに持っていったら座れたのだ!

そうかじゃあこの調子で立ち上がることも出来るのでは?と思ったがそうは問屋が卸さなかった。しかし、胡坐をかいた状態から片足をくの字に曲げたまま後ろに回し、前の足の膝をつき、後ろの足と前の足を使って膝で立ってみたら出来たのである。それで前の足に重心を移してゆっくり立ち上がったら手を全くつかずに立ち上がることができたのだ!

単なる偶然かもと思ってこれを何度か繰り返したが毎回きちんとできた。手を使わずに脚だけで立てたのだ、ブラボー!

私は周りに人が居るのも忘れて思わず「やった~!」と叫んでしまった。恥かしい。

で、思ったのだが、これは力ではなくテクニークの問題だ。無論バランスを保つ必要はあるが、コツさえつかめばさほど難しいことではない。

 

付け足し:

これを書いてからユーチューブで膝を立てずに座って立ち上がる方法というビデオをみた。両手を組んで両足を交差させる。そしてそのままの状態で膝を曲げてゆっくり座り胡坐の姿勢になる。立ち上がる時は胡坐をかいた状態から少しづつしゃがんだ形になり、そのまま立ち上がるというもの。

そのなかでしゃがむ姿勢を「アジア人スクワット」と呼んでいたのがおかしかった。東洋人は結構しゃがみこんで何かをすることが多いが、西洋人は絶対にしゃがまないので面白いなと思った。

 

いい加減にやめるべき、黒人至上主義の教育

昨日、イギリスのケンブリッジ大学で黒人として最年少で教授になってジェイソン・アデイについて話したが、アカデミアで黒人がやたら優遇される傾向はイギリスだけではない。アメリカでも黒人は何かと優遇されている。

拙ブログの聡明なる読者諸氏はそんなことはないと思うが、多くの日本人は未だに黒人はアメリカで差別されていると思っているかもしれない。白人警官によって黒人は理不尽な扱いを受けているからこそBLM運動なんてものが起きたのだとお考えかもしれない。

だが実際には黒人は白人や東洋人よりずっと優遇されている。殺人や強姦といった凶悪犯罪を犯した犯罪者ですら、同じく黒人の(大抵は女性)裁判官によって無罪放免となんてしまう。ニューヨークの街中や地下鉄内で見知らぬ若い白人女性を狙って暴行を働く黒人男を捕まえてみると、逮捕歴十数回なんてのが珍しくない。なんでこんな奴が町をほっつき歩いているんだと思うと、必ずと言っていいほど超リベラルな白人女性判事か、白人大嫌いな黒人女性判事によって無罪判決を言い渡されていることがわかる。

だいたいどうしてこんなに多くの黒人女性判事が存在するのか。普通判事というのは弁護士資格がある元弁護士や検事だと思いがちだが、全然そんなことはない。判事は地元政権者によって任命されるので必ずしも弁護士資格を必要としない。

この間ニューヨーク市の司法委員会の話をしたが、この委員会は市の判事を選ぶ際に候補者の審議をする重要な権限を持つ委員会である。この中にニューヨークの50%以上を占めるユダヤ系弁護士が一人も含まれていないことがどれだけ由々しき問題であるかご想像がつくだろう。

さて、本日私はこんな記事を読んだ。「数学の落第率が94%のサンフランシスコの高校、カリフォルニア州で最高のバークレー校合格率を誇る」タイタス・ウー著

このバークレー大学というのはカリフォルニアのUC(州立)大学システムの中でもレベルが高いことで有名で特に理工系が優れている。私がコミュニティーカレッジで受験勉強していた頃、エンジニアリングを目指す学生の間ではバークレーは憧れの的だった。しかし東洋人でバークレーを目指す学生は凄く多かったので競争率は物凄いものがあった。確か東洋人学生の場合は全国学力テストで95%以上の成績をとっていても難しいと言われている。

ところがそのエリート大学になぜか数学落第率が94%という基礎レベルの数学もできないような生徒たちを大量に生み出している低レベル高校からの最高の合格率を産んでいるというのである。いったい何が起きているのか?

サンフランシスコ・クロニクル紙がまとめたデータによると、ミッション高校のこの名門大学への合格率は45%で、昨秋、76人の志願者のうち34人が合格を果たし、州平均の15%を大きく上回った。

それでこのミッション高校というのはどれ程優れた進学高校なのかと言えばそれが全くそうではないのだ。

アメリカにはSATという高校生が大学受験の際に受けなければならない全国共通の学力テストがある。アメリカの大学は日本のように入学試験というものはないが、この学力テストの成績と高校からの内申書やクラブ活動やボランティア活動などがまとめて評価される。

ところが最近バークレー大学はこのSATを入学審査から取り除いてしまったのだという。

それで分数の計算すらまともに出来ないような学生がバークレーに殺到するというおかしなことが起きているのである。

2025年の州学力テストにおいて、ミッション高校の11年(日本で言う高2)生のうち、英語で「習熟」以上の成績を収めたのはわずか17%にとどまり、数学では驚くべきことに6%にとどまった。これは、サンフランシスコ統一学区内のどの学校よりも低い数値であり、同学区全体の平均はそれぞれ59%と43%であった。

ところが生徒の71%が数学基準に達している高レベルのローウエル高校からのバークレー合格率はミッション高校よりずっと低い。

その理由?ローウエルの生徒たちは主に白人と東洋人で占められており、ミッションは黒人が大多数を占めるからだ。

カリフォルニア州の法律では大学の入試に人種を考慮に入れてはいけないとなっているが、学校側はあの手この手の小細工を使って黒人を優遇している。

ミッション高校では出席しただけで合格点がとれるなど、同高校の通知表は全く意味がない。だからこそ全国共通テストは必要だったのに。

以前にもお話したことがあるが、最近とみに酷くなってきたとはいうものの、このようなことは今に始まったことではない。私が1990年代半ばに大学に行っていた時、カフェテリアで二人の女子学生が宿題をしていた。同じテーブルに座っていたので彼女たちの会話が聞こえて来たのだが、彼女たちは何と分数の計算をしようとしていたのだが、二人とも全く理解できておらず、完全に頓珍漢なことを言って頭を抱えていたので、私は我慢できず思わず話かけてしまった。

「ごめんなさい、宿題教えてあげましょうか?」二人は一瞬怪訝な顔をしたが、私が日本人だと解るとホッと安堵の息をつき、「お願い!」と言ってきた。

未だに覚えているくらいショックだったのは、彼女たちは分母という概念が全く理解できておらず、分数の足し算や引き算は分母を揃えなければだめなのだということがわかっていなかった。

これは小学校のレベルじゃないのか?

なんでこんなレベルの人が大学には入れたんだ?

大学の名誉のために言うが(笑)、学力のレベルは学部によって全く違う。私は理工科に3年目から編入したのだが、うちの学部では編入生の数学レベルは最低でもdifferential equation(微分方程式)を終了していることが要求されていた。また英語の作文のテストもあった。ちなみにこの女子たちの学部は教育学部だった(溜息)。

無論こんな風では理数系の学部など絶対に無理なので、黒人学生の取る単位というのは白人や東洋人とは全く違うレベルのどうでもいい学位。例えば黒人歴史研究とかフェミニスト研究とかLGBTQ+なんちゃらとか実社会に出ても何の役にも立たないものばかりだ。

だったら実社会で仕事に就けないから特に社会に影響がないかと言えばそうではない。そういう人は名門大学の肩書だけはもっているから大企業のDEI部門などに入ってしまう。そもそもDEI雇用なんて出来る余裕があるのは大企業しかないので、会社の経営にあまり影響をもたらさない黒人を年収一千万で雇ったりするのだ。

こうした黒人優遇主義が人種間の関係にどのような影響を与えるかもう皆様にもご想像がつくだろう。

大学時代から自分よりずっと学力の劣る黒人学生が自分が苦労して入ったエリート大学で肩を並べている。そんな黒人学生ばかり見ていたら、黒人は馬鹿だという先入観をもってしまう。もしもこの大学が能力のみで入学させていたら、数は少なかったとしてもたまに出会う黒人学生は自分と同じかそれ以上に優秀な人だけだ。そういう人と一緒に勉強した経験があれば、黒人も白人や東洋人同様に賢いという印象が持てる。

そうやって馬鹿にしながら卒業した末に大企業の人事で働く無能な黒人たちが、自分より早く昇格し昇給もあるとなったら、いったい非黒人は皆黒人をどう思うだろうか?

 

アップデート:8/20/26

【速報】ケンブリッジ大学の元教授ジェイソン・アーデイ氏に対し、最初に剽窃を告発した学者ネイサン・コフナス氏が、「差別」および「人種差別」を理由にゲント大学)から停職処分を受けた。

これは、アーデイ氏がケンブリッジ大学を辞任した後、遺体で発見されたことを受けた措置である。

@libsoftiktokより
なんでアデイの盗作を暴露した人が罰せられるのだ?もしこれでアデイが白人でコフナス氏が黒人だったら絶対に起きていない事件。

ネイサン・コフナス氏

ケンブリッジ大学最年少教授の履歴詐称がばれて本人辞任、直後に自殺

数週間前からメディアで騒がれていたこのニュース、取り上げようかどうか迷っているうちに話題の中心人物が自殺してしまうという意外な展開があったので、これ以上迷っているわけにはいかないのでお話しよう。

先ずは事の背景から。

ジェイソン・アデイが最も注目を集めたのは2023年のことで、ケンブリッジ大学の教育社会学教授に任命され、当時同大学で最年少(当時37歳)の教授となった。

ケンブリッジ大学は何かとアデイを祭り上げ、如何に彼が有能な学者であるかを宣伝したのだが、当初から彼の書いた論文は盗作ではないのかとか、彼の履歴には疑わしい点がいくつもあるといった疑惑があった。

何人か新聞記者や元同僚がアデイの正体を暴こうとしたが、アデイは強力な弁護士をやとってそれらの人々を黙らせようとした。しかし彼の奇想天外な話はどう考えても辻褄が合わず、だんだんと崩壊していった。

そして数週間前、彼の嘘がすべてばれてしまい彼は辞任に追い込まれた。彼の背景をきちんと調査せずに雇ったケンブリッジ大学にも批判が集まっており、今後どうなるのかと注目されていた最中に、アデイ自身が命を絶ってしまったのだ。

盗作の疑い

先ず発端となったのはケンブリッジ大学の元研究員がアデイが書いた2015年の論文を盗作発見ソフトにかけたところ、他人の論文のいくつかの文章が盗作されていることを発見したことだった。その研究員はネイサン・コフナス(Nathan Cofnas)という男性。彼はケンブリッジ大学の哲学研究者だったが、先月同大学のDEI方針を批判して解雇された。彼は盗作検出ツールが、アーデイ氏の博士論文やその他の学術論文の一部の文章を、先行研究と極めて類似していると指摘したと述べた。

その後、『タイムズ』紙も同論文に関する独自の検証記事を掲載し、いくつかの文章が別の学者の論文とほぼ同一であると指摘した。

アデイに博士号を授与したリバプール・ジョン・モアース大学も独自の調査をしたが、盗作は見つからなかったと言っている。ただ間違いがあっただけだとか言い訳していた。

問題なのはアデイが盗作したということだけではない。彼の生い立ちや経歴がどうも変なのである。いみじくも最近出版されたアデイの自叙伝の中身にもおかしな点がいくつもある。

あり得ない生い立ちと経歴

Xで@turningpointjpnさんがまとめてくれてるので引用する。

  • 10歳でプロスヌーカーツアーに参加と主張したが、公式データベースには、彼が出場したのはずっと後年の一度のアマチュア大会のみで、賞金獲得もゼロと記録
  • プロサッカー選手だったと主張したが、後に本人が「セミプロだった」と修正
  • BBCの長期追跡ドキュメンタリー「Seven Up」に出演していたと主張したが、BBCは「私たちの制作物とは一切関係がない」と否定(カカシ注:この番組はアデイしが生まれる20年前に制作されたもので、彼が出演できていたはずがない)
  • 35日間で30回のマラソンを完走したと主張し、21回目のマラソンでてんかん発作を起こし脚を骨折したにもかかわらず残りを完走したと語っていたが、記録は一切残っていない
  • 6日間でエディンバラ〜ロンドン間600マイルを走破したと主張したが、これは世界トップクラスのウルトラマラソンランナーに匹敵する記録であるにもかかわらず、裏付けが一切ない
  • 慈善活動で500万ポンド以上を集めたと主張したが、実際に募金ページで確認できたのは、300マイル3日間チャレンジの一つでわずか380ポンドの寄付だった
  • 博士論文を盗作していた。テレグラフ紙の分析によれば、彼の博士論文には別の学生の論文と類似する箇所が100カ所以上見つかった
  • 卒業後すぐに脳卒中を起こし、博士論文作成の記憶を失ったと主張(この主張についても目撃者や証拠が確認されていない)
  • クリスタル・パレスFCのアカデミーに所属していたと主張していたが、後の調査で正式な在籍記録がない これはほんの一例、ほかにも嘘疑惑はかなりある。

このほかにも、アデイは自閉症であり11歳になるまで口がきけなかったとか、到底あり得ない供述がある。

何故ケンブリッジは気付けなかったのか

常識的に考えて彼の言ってることは辻褄があわない。ケンブリッジ大学は彼を採用するにあたりきちんとした身元調査をしなかったのか?例えば彼の博士号の論文の盗作疑惑やクリスタル・パレスFCのアカデミーに所属していたなどという経歴はちょっと調べればすぐわかったはずだ。

また11歳まで自閉症で口がきけなかったなんてことが事実だとしたら、きちんとした医療記録もあるはずだ。もしアデイが普通の白人イギリス人だったら、こんなバカげた話を誰が信じただろうか?

アデイの論文を読み講義を聞いたという学者たちの話によると、彼の考えにはこれといって特筆するような個性的なアイデアはなく、書物もおよそ学者が書くようなレベルではないとのことだ。しかし彼がスターとしてもてはやされたのは、ひとえに彼が若い黒人で、DEIが求める理想の経歴を持っていたからで、大学側がそれが真実かどうか知りたくなかったのである。

ケンブリッジ教授たち教育における「白人性」を批判

なんとしてでも若い黒人教授をスターにしたかったケンブリッジ大学。その背景には彼らのDEI思想がある。

『テレグラフ』紙によると、ジェイソン・アデイ氏をケンブリッジ大学の教授に任命した2人の学者が、教育における「白人性」を批判する論文を発表していた。

キプロス・オープン大学の教育理論教授であるミハリノス・ゼンビラスMichalinos Zembylas(白人)氏と、ニューカッスル大学のアヌープ・ナヤクAnoop Nayak(アラブ系)教授は、2022年にアデイ氏を満場一致で選出した9名の審査委員会のメンバーとして選出された4名の外部学者のうちの二人だった。

『テレグラフ』紙が検証した学術論文によると、一人は「白人の再教育」を訴え、別の教授は英国や米国の大学における「新自由主義的な白人性」を非難していたことが明らかになった。

つまりこの教授らはアカデミアにおいて白人が多すぎるという考えを持っており、なんとしてでも黒人教授を任命したかったのだ。それで本来ならば厳しく審査されるべきところをアデイが黒人だからという理由でほぼ審査なし推薦のみで採用が決められてしまったのだ。

 

www.telegraph.co.uk

正直このアカデミアにおける白人差別は目に余るものがある。黒人ならどんなことでも許され、白人がそれを指摘したら人種差別で反対に批判される。

Jason Arday
Jason Arday resigned from his position at Cambridge on Wednesday, citing an ‘unrelenting level of public scrutiny’ Credit: Elliott Franks

現にアデイの盗作を暴露したコフナス氏や経歴詐称を暴露した新聞社などが脅迫の対象になっている。

ケンブリッジ大学がDEIを重んじるあまりに才能のない男が教授にしてしまったことには大いに責任はあるが、嘘で固めた人生を生きて今まで一度も挑戦されなかったアデイに最終的な責任があるはずだ。

今や欧米のアカデミアはエリート校にななればなるほど実際に質の高い学問の場ではなくなり、DEIを押し進まるためだけの場所になってしまっている。アデイ自身もそうだが、アデイを雇った教授たちも実は多かれ少なかれアデイと同じで学問の分野に何一つ貢献していない偽物学者ばかりなのだ。

もう高いお金を出して大学へ行く意味なんてない。

SIX(シックス)ミュージカル、ガールパワー満載のコンサートみたいなミュージカル

この間のヘイズタウンに続いて、舞台ミュージカル収録映画版のSIX(シックス)を観て来た。本当は叔母ちゃんと観に行く予定だったのだが、何せ叔母ちゃんはスケジュール満載で全然私と出かける暇がない。85歳にしてあの社交性はすっごいものである。私なんぞほとんど一人で過ごしてるのに。もちろん私は一人が好きだから別にいいのだが。ところで前回ご紹介したヘイズタウンは好評で一週間の限定公開の予定だったのに未だに公開されている。あの手の作品としては快挙である。

まるでガールバンドのシックス

さてさて、これはミュージカルといってもお芝居になっているわけではなく、まるでSIXというガールバンドのコンサートのような構成になっている。きらびやかな舞台にはバックにキーボード、ギター、ベース、ドラムの演奏者(全員女性)がいて、その前で6人の金ラメの派手なミニドレスや体にぴったりのスパンデックス風パンツをはいた女性たちが次々に歌を披露する。一人が歌っている間は残りの五人がバックアップコーラスを歌ったり一緒に踊ったりする。

さてイギリスの王朝歴史に親しみのない方々のためにちょっと背景を説明しよう。

16世紀に一斉を風靡したイギリスの国王ヘンリー八世は1509年戴冠から1542年死去に至るまでイギリスとアイルランドの王として君臨した。

ヘンリー8世

彼には6人の妻がいた。キャサリン・アラゴン(Catherine of Aragon, アン・ブリーン(Anne Boleyn)、ジェーン・シーモア(Jane Seymour)アン・クリーブス(Anne of Cleves)、キャサリン・ハワード(Catherine Howard)、そしてキャサリン・パー。 

なぜこんなにたくさんの妻が居たのかというと、ヘンリーにはお世継ぎが居なかったことが第一の原因。最初の妻キャサリンとは24年も連れ添ったが女の子ひとり(のちのマリー一世)以外は全員幼少期になくなっており、健康な男子が出来なかった。なんとしてでも世継ぎが欲しかったヘンリーはキャサリンと離婚しようとするがカトリックの教えでは離婚ができない。それでヘンリーはキャサリンとの24年間の結婚を無効にしようとした。キャサリンがそれに抗議したため、これがイギリスの宗教改変につながる。結局結婚は無理やり無効にされた。

6人の妻の中でも有名なのは二番目のアン・ブリーン。彼女もまた女の子(のちのエリザベス一世)を生んだだけ。彼女は不倫や反逆の罪で処刑されたが、多くがこれらはヘンリーが離婚が許されていないカトリックの教えを迂回するための口実だったと信じている。これによってヘンリーは離婚を厳しく禁じているカトリックから離れて英国国教会(Church of England)を設立する。

三人目のジェーン・シーモアは男児を生むが産後の肥立ちが悪く、お産から数日後に死去。この時の男の子だけがヘンリーの正式な男児世継ぎエドワード6世である。残念ながらエドワードは病弱で16歳で死去。

四番目の妻クリーブスのアンとは政略結婚だったが、ヘンリーは彼女に魅力を感じず僅か六か月で結婚は無効。しかしアンは経済的に保障されたため、イギリスで悠々自適な暮らしをし、ヘンリーより長生きした。

五番目のキャサリン・ハワードはアン・ブリーンの従弟。結婚2年目にして不倫の罪でアン・ブリーン同様斬首刑に処された。

最後の妻キャサリン・パー。ヘンリーの子供たちの面倒をよくみたそうで、政治力もあったとされ、ヘンリーと娘二人の仲を取り持ったといわれている。唯一ヘンリーから離縁もされず殺されずに夫より長生きした妻。

私は昔イギリスの歴史を学んだ時に疑問を抱いたのは、何故イギリス国王は日本のように側室をたくさん持たないのかということだ。正妻が男子を産めないなら側室に産ませればいいではないかと日本人の感覚では思う。日本では男児を産んだ側室はそれなりに優遇され地位も上がる。だが男児を産まなかった正妻が家から追い出されたり処刑されるなんてことにはならない。

無論イギリス国王にも愛人はいた。多分私生児もたくさん生まれたことだろう。現にヘンリーにも愛人に産ませた男児が居た。ヘンリーが唯一息子として認知したヘンリー・フィッツロイは、1519年6月、王妃キャサリン・アラゴンの侍女エリザベス・ブラウントの間に生まれた。フィッツロイは並外れた爵位と責務を授かり、国王の嫡出子に次ぐ、イングランドで最も位の高い貴族となった。

私はこのイギリスの、国王ですら守らなければならない規則があるという事実が非常に西洋風の考えだなと思ったのだ。

さて、それでは舞台に話を戻そう。

このミュージカルは冒頭で一人が王妃の中で誰が一番悲劇的な人生を送ったかというコンテストをしようと提案する。それで一人一人が自分の人生について歌で語るという構成になっている。

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音楽はすべて現代風のポップ調で、ところどころラップなどもはいる。全体的にアップビートで静かなバラードみたいな曲はない。正直歌詞の意味が理解できなくても、歌と踊りだけで十分楽しめるコンサート形式だ。

以前にトランス自認の元ブロードウエイ男優ディラン・モルベイニーがアン・ブリーン役をやるというので話題になったが、アン・ブリーンのナンバーはすごくかわいらしい歌で、アンがちょっと能天気なアイドル歌手みたいにぴょんぴょん跳ねながら歌うので、ディランにはぴったりだったんじゃないかと思った。

私が一番好きだったのはキャサリーン・ハワードのナンバー。彼女はその美貌で知られるが、歌の初めの方は如何に自分が美人であり周りの男性たちを魅了したかという自慢話で始まるのだが、歌が進むにつれ結局自分は美貌以外には何の評価もされなかったという悲しい思いで終わる。笑顔で歌始める彼女がだんだん涙目になっていくのが印象的だ。

一人一人が自分の身の上話をするという設定だから、それぞれの歌手にかなりの歌唱力がないと続かない。この映画のプロダクションでは皆素晴らしい歌唱力をもっており、そのエネルギッシュな熱が伝わってきた。

このミュージカルは歴史的なドラマを演じているわけではないので、配役に黒人が混ざっていることは全く気にならなかった。多様性ある配役はこういうふうにやればいいのだといういい例だろう。

ところでこの演出から感じられるのは、なんといってもガールパワーだ。彼女たちは家父長制の典型みたいなイギリス王室で権力者の犠牲になった悲劇のヒロインではあるが、その彼女たちが自分らの人生を語る上で、舞台が進むうちに、運命に翻弄されながらも自分なりの強い生き方をしたというふうに論調が変わっていく。

バックのバンドがすべて女性で構成されているのも決して偶然ではない。

日本でもウエストエンドの歌手たちによる公演があったが、2025年には日本人キャストでの公園もあった。日本人キャストもやはりバックバンドはすべて女性。

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配役:

Jarnéia Richard‑Noel — Catherine of Aragon

Millie O’Connell — Anne Boleyn

Natalie Paris — Jane Seymour

Alexia McIntosh — Anna of Cleves

Aimie Atkinson — Katherine Howard

Maiya Quansah‑Breed — Catherine Parr 

制作:

Creative Team Director (Film): Liz Clare

Stage Directors: Lucy Moss & Jamie Armitage

Writers/Composers: Toby Marlow & Lucy Moss

Producers: Kenny Wax, Wendy & Andy Barnes, George Stiles, Dione Orrom 

 

追記

あ、肝心なことを言うのを忘れてた。ヘンリーの死後嫡子のエドワードは16歳の若さで病死してしまうが、その後誰が国王になったか皆さんご存じ?

そう、その通り。

ヘンリーの次女でかの有名なエリザベス一世。イギリス初の女王。

米民主社会主義派(DSA)労働階級の味方のはずなのに何故か労働者から人気がない

今米国民主党の中で過激な共産主義思想を持つ若手議員たちが民主党の乗っ取りを計っている。以前にも書いたようにこの共産主義者たちはイスラム教移民と手を組んで古株の民主党議員たちから議席を奪おうとしている。

共産主義者が労働者階級の味方だと口では言いながら、実は労働者たちのことを心から軽蔑している富裕層のエリートたちなのはいつの世でも変わらない。今アメリカで民主社会主義派(Democratic Socialist of America)と名乗る共産主義者たちも全く例外ではない。

最近ニューヨーク市のマムダニ市長を始め、あちこちの州で社会主義を公言して辞さない候補者たちがどんどん民主党予選で現職議員を押しのけている。ニューヨーク州はもとよりメイン州の上院議員選でも社会主義者のグラハム・プラットナーが共和党の現職スーザン・コリンズを追い上げている。

ザ・ヒルのロビー・ソアーブ(Robby Soave)のコラムから読んでみよう。 

「この州が、労働者階級の人々にとって実質的に住みにくい場所になっていくのを目の当たりにしてきた。それには深い怒りを感じる」と、彼(プラットナー)は出馬表明の動画で語った。「敵は寡頭政治だ。その資金を提供する億万長者たちと、私たちを売り渡す政治家たちこそが敵なのだ。」  

しかしニューヨークタイムスの世論調査によると、プラットナー支持率は大卒未満の有権者からは21%もコリンズより少ない。プラットナーの支持者は主に高学歴であり労働者階級とはいいがたい人たちばかりである。

民主社会主義がエリート層の思想であることは昔から変わらない。ニューヨーク市のダリアィザ・アビラ・シェバリエー(Darializa Avila Chevalier)は高収入有権者の間で健闘して勝利。片や彼女の対抗馬アドリアノ・エスパイラット(Adriano Espaillat)は低収入地域で40ポイントも多く票を得たが敗北した。

火曜日の民主党予選で買ったシェバリエーにしろクレア・バルデズ(Claire Valdez)にしろ学生運動で名を成した極左翼活動だ。彼女たちは「西洋文明を根絶する」と称し、国境や警察や私有財産などを廃止したいと考えている

民主党特に社会主義は第三世界からの移民や貧困層から人気を集めそうなものだが、実はシェバリエーの基盤は移民でも少数民族でもなくアメリカ生まれの白人富裕層である。シェバリエーは黒人やラテン系の地域では大敗している。彼女が圧勝したのは主に大学生や富裕層の間である。

別の選挙区の南ブロンクス地域ではリッチー・トレス(Ritchie Torres)が黒人やラテン系など低所得者層の間で軽々と勝利。彼は民主党だが社会主義者ではなく熱烈なイスラエル支持者でもある。

マムダニ市長も自分は労働階級や移民の味方だと言っているが、彼の政策はちっともこうした人々の生活向上に役立っていない。いやそれどころか、市営スーパーの開業は地元の小さなコンビニ店舗に多大なる打撃を与える。そしてこうした商店の経営者は主に移民や少数民族なのである。

反移民強硬派の共和党がラテン系移民の帰化を厳しく取り締まると、かえって社会主義派に抵抗する有権者をみすみす失うことになってしまう可能性がある。

今起きてる民主社会主義はより良い生活を求める労働層や働き者の移民の間から生まれた草の根運動などではない。むしろ、富裕層でありエリート教育を受けた左派たちによるお家騒動と行った方がいいのかもしれない。

この記事の記者は今の民主社会主義派は「シャンパン・ソーシャルリスト」たちであり、一般市民ではないと結論付ける。

ただ、以前にも話したように移民グループのなかでもイスラム教徒は別である。彼らは別に社会主義にも共産主義にも興味はない。彼らにあるのはモスリムによるアメリカ征服である。それでアメリカの白人社会主義者たちがモスリムと手を組むというのであれば利用できるだけ利用してやろうという魂胆だ。

先日マムダニ市長が数年前にトルコのポッドキャスターに話していた内容が浮上したのだが、それをきいていると後に彼を選んだアメリカ人たちについて、マムダニが如何に彼らを操るのが簡単かという話をしており、マムダニが「革新派」と呼ぶアメリカの左翼たちを馬鹿に仕切っているかがわかる。

マイノリティのコミュニティは、これまで代表者がいなかったため、アイデンティティへの結びつきがはるかに強いと思います。一方、白人のコミュニティは昔から代表者が存在してきたため、彼らにとってはアイデンティティへの結びつきが弱く、イデオロギーへの結びつきが強いのです。つまり、ここにはまず第一に「進歩的な有権者」であると自認する有権者(左翼リベラル)が多くいるため、私たちは彼らに対して、私たちの政策、つまり進歩的な政策について語りかけることでアプローチしているのです。そして、中間層に「私たちを信頼し、信じてほしい」と伝える、信頼の仲介役となる人物が必要だというご指摘は、まさにその通りです。

つまりマムダニが社会主義者であるふりをすれば富裕層の左翼リベラルたちはマムダニが実はイスラム教独裁政権を目指しているなどということに気が付かずにころっと騙されてしまう、軽いもんだとマムダニは言っているのだ。

シャンペーンソーシャリストたちはやたら学があるせいで、自分らは頭がいいと思い込んでいる。だから第三世界の移民モスリムのマムダニに騙されているなんて全く考えもつかないのである。

しかし民主党体制派たちは決して馬鹿ではない。民主党が若い愚かな社会主義者たちに乗っ取られるのを指をくわえて待っているわけではない。例えばウイスコンシンの民主党下院議員予選でおかしなことが起きた。

ウイスコンシン州:ミルウォーキーのUSBメモリ5本から有権者データが消失

先日ウイスコンシンで行われた民主党の下院議員の予選では、社会主義派のフランチェスカ・ホングが断然優勢だった。選挙前の世論調査では彼女はライバルのデイビッド・クロウリー(David Crowley)よりも30ポイントも優勢だった。

ただホングはかなり過激な共産主義者であり、彼女の訴える政策はどう考えても現実的ではなかった。例えば警察をなくすとか、上院議会を失くすとか、感謝祭をキャンセルするとか(はあ?)。彼女は民主党の間では勝てるかもしれないが、実際の共和党相手の選挙では勝てるかどうか、かなり怪しい。それで民主党としても彼女が民主党代表としてふさわしいかどうか、かなり懸念されていた。

しかし予想通り選挙当日開票が進むにつれてホングは優勢だった。ホングの順調な伸びを報道していたNBCキャスタースティーブ・コーナキ(Steve Kornacki)は生放送の途中に入ってきたニュースに茫然としてしばらく言葉を失っていた。

Xのスレッドで入ってきた情報を箇条書きするとこうなる。

  • USBメモリのうち5本には、選挙結果が記録されていなかった。
  • 選挙担当者は、不在者投票施設に戻って、結果を再度取得しなければならなかった。
  • ミルウォーキーの選挙責任者であるパウリナ・グティエレス氏は、担当者が5台の集計機で間違ったボタンをクリックしてしまっただけだと確認した。
  • 監査ログはダウンロードしたが、結果はダウンロードしていなかった。

民主党体制派ではないホングが当確になったとたんにカウントされてなかった票がみつかり、しかもそれがすべてライバル候補の票だったなんて「事故」が起きるのは都合よすぎるのではないか?

ミネソタ、ミシガン州は社会主義候補の勝利

ミネソタ州では、社会主義派のペギー・フラナガン副知事が、AIPACの支援を受けたアンジー・クレイグ下院議員を大差で破り、民主党の上院議員候補指名を獲得した。その1週間前には、社会主義派のアブドゥル・エル=サイードが、AIPACなどの団体から数千万ドルもの外部資金が投入されたにもかかわらず、既成勢力に支持されたヘイリー・スティーブンス下院議員を相手に奇跡的な勝利を収め、ミシガン州の民主党上院議員候補指名を確保した。スティーブンス氏は直ちにエル=サイード氏の立候補を支持し、来年、民主党が上院の過半数を奪還できるよう、彼と協力して取り組むと誓った。ーRedState