苺畑より In the Strawberry Fields

苺畑カカシと申します。在米四十余年の帰化人です。

左翼ジェンダー活動家の小山エミ氏の訃報を知る

拙ブログを昔からお読みの方は聞いたことのある名前だと思うが、左翼ジェンダー活動家として知られた小山エミ氏が去る6月に癌で亡くなられていたことを本日高井ゆと里氏のエッセーを読んで知った。享年51歳だった。

小山氏と私の出会いは(直接会ったことはない)なんと18年前の2008年にまでさかのぼる。きっかけは私がクリスティーナ・ホフ・ソマーズ著の”Who Stole Feminism?”というモダンフェミニズムを批判した著書を拙ブログで紹介したことを、小山氏が自分のブログで痛烈に批判したことである。

私がそのことについて反論し、フェミニズムやジェンダーフリーに関して何度もブログで討論を繰り返した。

小山は当時オレゴン州に住んでいたが、わざわざ南カリフォルニアのグレンデール市まで来て、慰安婦像建設運動に参加。その甲斐あってあの忌まわしい慰安婦像は見事に設置されてしまった。昔はグレンデール大図書館の敷地内にあったが、今は韓国人が多いシニアセンターの前に移動された。

小山はまた2020年のBLM暴動の時に、左翼団体が作った「自治区」なるものに立て籠ったアンティファ連中に差し入れをしたり、警察に逮捕された暴徒たちの保釈金の募金活動までしていた超過激派左翼主義者だった。

ま、そうしたことで私は10年以上小山とはブラク・オバマの国民皆保険制度や、アファーマティブアクションやジェンダーに関して何度となく討論をしてきた。もちろん私と小山の意見は常に正反対で何かに同意したことは一度もない。だが長年にわたり何度もやり取りを繰り返したので、私は親しみを込めて(笑)、小山のことをエミちゃんと呼んでいた。小山はそれが非情に気に障ったようで、その度にやめてくれと言っていたので私は続けてエミちゃんと呼んでいた(笑)。

私が小山と出会った頃、私はトランスジェンダリズムについて非常に無知であり、考え方もナイーブ(悪い意味で無垢)だった。小山は当時フェミニズムの本「バックラッシュ」を自分のブログで宣伝していたし、自分の自己紹介ページでも「クィア」だの「ダイク」などという言葉があったので、私はてっきり小山は典型的なレズビアンフェミニストなのだろうと思っていた。

Emi Koyama is a multi-issue social justice slut synthesizing feminist, Asian, survivor, dyke, sex worker, intersex, genderqueer, and crip politics, as these factors, while not a complete descriptor of who she is, all impacted her life. Emi is currently the director of Intersex Initiative. Emi lives in Portland, Oregon and is putting the emi back in feminism since 1975.

上記が小山の英語サイトにあった自己紹介文なのだが、正直私にはこれに何が書いてあるのかよく分からなかった。それは英語だからではなく、今でいうLGBTQ+界隈の人たちがよく使う隠語であふれかえっており、普通の人が使う表現ではないからだ。

小山エミは、フェミニスト、アジア系、サバイバー、レズビアン、クィア、セックスワーカー、インターセックス、ジェンダークィア、クリップの政治的立場を融合させた、多面的な社会正義活動家である。これらの要素は彼女の人物像を完全に言い表すものではないが、いずれも彼女の人生に影響を与えてきた。現在、エミは「インターセックス・イニシアティブ」の代表を務めている。オレゴン州ポートランド在住のエミは、1975年以来、「フェミニズムに『エミ』を取り戻す」活動を続けている。

上記は機械翻訳によるものだが、これは原文よりかなり清潔な言い回しになっている。例えば小山は自分をslut synthesizing feministと書いているが、slutとは尻軽女という意味である。機械翻訳ではレズビアンとなっているが、原文はdykeであり、これは男っぽいレズビアン女性を表す多少侮蔑的な意味のある言葉だ。それと今はおなじみになったクィアとか、ジェンダークィア、という表現がある。そしてセックスワーカーとは売春婦のことだし、インターセックスというのは今でいうDSDという遺伝子疾患の病気である。私は当時クィアを変態とか、男性の同性愛者を指す侮蔑語としか理解していなかった。だが小山がそういう意味で使っているのではないことは確かだったので、これはどういう意味なのかと私は何度も小山に聞いたが、「あなたに説明してもわかってもらえない」と言って一度も納得のいく説明をしてくれなかった。

今ならこの文章を読んだだけで、小山が遺伝子疾患を持った男性であり、性自認は女性で性指向は女性、元売春夫で性加害の被害経験から立ち直った、つまりトランスジェンダーだということがわかるが、当時の私には全然理解できなかった。

私が小山がトランス自認の男性であることを知ったのは、ずっと後のになってからで、彼が声だけ出演したポッドキャストを聴いた時に彼の声が男性のように野太かったことと、彼が講演した時の写真を見て、女装はしていたものの男に見えたので、この人は男性なのではと疑い始めたのが最初だ。そして極めつけは彼の書いた「トランスフェミニズム宣言」という論文を読んだことだ。それでやっと彼の言うジェンダークィアの意味がわかったのである。

どうして小山は最初から私に自分は男から女に移行したトランスジェンダーで性愛対象は女性なのだと説明してくれなかったのか解らない。ただ彼はその界隈では結構有名なトランスジェンダーだったようで、そのことを全く知らずに頓珍漢な質問をしてくる私をからかっていたのかもしれない。彼のブログの愛読者にも高井ゆと里氏のようなトランスジェンダーも混じっていたのだから、誰かコメント欄ででも教えてくれたらよかったのに。彼はフェミニズムについて語りながら、一般のフェミニストたちに少なからぬ敵意を持っていると私が感じたのはこれが原因だったのだと納得がいった。

MANIFESTO TRANSFEMINISTA - Emi Koyama | PDF | Feminismo | Estudos de Gênero

小山エミの似顔絵↑

 

トランスジェンダリズムはフェミニズムから派生したものではあるが、今はフェミニズムとは相いれない概念となっている。なぜなら女性の地位向上を目指す運動に、女性を偽る男性を女性として入れたら全く女性運動ではなくなってしまうからだ。

それではここで、小山がトランスフェミニズム宣言でどのようなことを書いていたのか、高井ゆと里氏のエッセーを借りて、ご紹介しよう。高井は女性を自認する男性には女性に比べて特権があるのかという話に焦点を当てている。

      エミさんによれば、「何よりもまず、トランスフェミニズムはトランス女性によるトランス女性のための運動である」。そして、トランスジェンダーの解放が「あらゆる女性の解放と結びついており、さらにはその先の解放にもつながっているというビジョンを持っている」のが、エミさんの語るトランスフェミニズムである。

(中略)

     両者(フェミニズムとトランスジェンダリズム)の緊張関係が生まれるひとつの局面は、エミさんが語るように、フェミニズムの側から「トランス女性は男性特権を持っている」といった批判がなされ、そうした批判に基づいて、トランス女性をフェミニズム運動から排除するよう求める声が上がるときだ。

確かにある一定の時期まで男性として生きて来た「トランスジョセー」たちは、男性としての特権の恩恵を受けて来たのは事実である。しかしトランスしてからは、トランスであることの多大なる不利益が生じることから、トランスジョセーが過去に受けた特権のみで、トランスジョセーは男性特権を持っていると考えるのは誤りであると小山は言う。

エミさんは、トランス女性が(本人にとっては全く望ましくないことに)男性として見なされ、男性特権を付与されることがあるのと同様に、トランスジェンダーではない人々(すなわちシスの人々)は、まさにそのことによって「特権」を得ているのだと指摘する。

このトランスではない人たち(つまり正常な人たち)が持つ特権とは何かといえば、

  • 親から「使い物にならない名前」をあたえられたりしない
  • 同世代の同じ性別の仲間から隔離されたりしない
  • 国家によっておかしな性別を登録されたり、身分証の性別欄が理由で生存を脅かされたりしない
  • 見た目や身体の形のことで鏡の前でもだえ苦しんだり、それらが理由で誰かから排除されたり迫害されたりする可能性が低い
  • 地獄のような性別移行の苦労を経なくても(少なくとも性別の点では)初めから人生のスタートラインに着くことができ
  • 性別を移行した過去を暴露されることを恐怖しながら暮らさなくてもいい
  • このような性別違和を経験しているのは世界でただ一人なのではないかという絶望や、メディアで嘲笑される「おかま」と自分を重ねなければならないことの葛藤と無縁でいられる
  • 政治家によって執拗に悪魔化されたり、その存在そのものがリベラル派の政治的敗北の原因であるかのように責任を押し付けられたりしない

いやいや、性違和など持ってない人でも、親からきらきらネームをもらって不利な目に逢ってる人も結構居るし、見た目や身体の形のことで悩む人などいくらでもいる。そりゃ性別移行措置の必要はないが、女性には生理があり、出産という大仕事もある。そのほかのことはうつ病や自閉症や発達障害などの精神疾患を持っているひとなら、全く同じではないが同等の悩みを抱えていることだろう。それはなにもトランスジェンダー特有の悩みではなく、性違和という精神疾患による悩みにすぎない。そしてトランスジェンダーとして生きるというのは自分が決めた選択であり、それがそんなに大変なことなら、自分の性別を受け入れて男性として生きるという選択肢もあったはずだ。あえて生きづらい生き方を選んでおいて、正常な人たちには特権があるなどと言ってもらいたくない。

 「トランス女性は、その存在からして他の女性よりも特権を与えられているのだ」という主張は、「ゲイ男性のカップルは、どちらも男性特権を持っているのだからヘテロ(異性愛)のカップルよりも特権を持っているのだ」と主張するくらい、無知でばかげている。」小山エミ

小山がこれを書いたのは20年以上も前なので、まあ仕方ないが、今やトランスジェンダーといえば完全なる特権階級だ。トランスだと言えば男性でも女性スポーツに参加して賞金と栄誉をかっさらえるし、女性空間に入り込んで覗きはやり放題だし、どう見てもお男に見えるのに男だと「ばらされた」ら訴えて賠償金をがっぽりもらえる。トランスについて批判する人たちのキャリアを奪い、女性だけでやっていた音楽祭をぶっつぶし、文句をいう生意気な女たちを黙らせる。レズビアンバーに押し入り、レズビアンアプリに無理やり参加し追い出されると運営者を訴えてこれもまた賠償金をたんまりもらえる。

これが特権でなくて何なんだと私は聴きたい!

ところでゲイカップルは特権階級とは言えないまでも、レズビアンカップルや男女カップルよりも経済的に裕福な人達が多い。なぜかと言えば男性は女性よりキャリアに野心的に取り組む人が多いからで、男性二人の収入で子なしとなれば強力である。比べてレズビアンカップルは女性同士なので、お互い収入が低く、前の結婚で子供が居る女性も多いので経済的に困窮する人が多い。

小山は前々からあまり健康な人ではなかった。よく自分のブログでも病気の話を色々していた。

紙面上では何度もやりあった相手ではあるが、ご冥福をお祈りしたい。

 

アウティング訴訟の勝利が作った恐ろしい前例

本日私は以前から話題になっているトランスジェンダー作家李琴峰氏が松村ひろみ山梨県甲府市議会議員をプライバシーの侵害で提訴していた訴訟で、原告の李氏が全面的勝利をおさめ、被告は110万円の賠償金の支払いを命令されたというニュースを読み、え?アウティングしたら多額の賠償金払わされるのか、と背筋がぞっとした。

李氏は生得的男子であり台湾で整形手術を受けた後、性別を公式に女性に変え、日本に移住して日本で「女流作家」として活躍していた。しかし台湾での数々の訴訟から、彼は元々男性である所謂トランスジェンダーであることは周知の事実であり、李氏自身も2025年に自分がトランスジェンダーだとカムアウトしている。

そのカムアウトの宣言があった直後、彼がカムアウトする前に彼がトランスであることをXやフェイスブックなどのソーシャルメディアでアウティングしたとして松村議員を訴え、今回残念ながら原告側の完全勝利となった。

この訴訟には李氏と村松氏以外にもうひとりの登場人物がおり、それぞれが違う見解を発表している。かなりの量の引用をするので、私の意見と引用部分がわかりやすいように、引用部分は青字で、私の意見は黒字で書いておく。

この事件の主な登場人物は言わずと知れた李琴峰氏、滝本太郎弁護士そして松村ひろみ議員の三人だ。

事の起こりは2024年5月25日、朝日新聞が李氏に関する記事を掲載した際に、李氏のことを次のように紹介した。

「台湾育ち、レズビアン、女性。芥川賞作家、李琴峰(りことみ)さんは日本社会で、様々な「境界」をつきつけられてきた。台湾や日本の性的少数者をめぐる歴史や現状、差別、、、。18日の札幌市の書店で開かれたトークイベントで本人が語った。

これについてXでとある人が「李琴峰さんは女性自認の身体男性ですが、それは伏せて『レズビアン』であることを公表している方です。」と投稿。それを受けて滝本氏が、

そのようですね。法的女性でもないみたい。性別適合手術もしていないのかしら。そも日本の性同一性診断書を得てはいるのかしら、分からん。だとすれば「レズビアン」だけ報道する朝日新聞って実に大誤報というべきです。

滝本弁護士のこの投稿には過ちが二つある。それは李氏が法的に女性ではないとした点と性別適合手術(SRS)を受けていないという点である。李氏が日本で診断書を得ているかどうかは別として、台湾では正式に女性と認められるためにはSRSは必須であり、日本に入国した際の旅券やビサには女性と記載されていたはずなので、日本でも法律上李氏は女性である。滝本氏はこの間違いに気づき、X投稿二日後には訂正と謝罪の投稿をし、2週間にわたってトップ固定として掲載した。しかし李氏はそれでは納得せず滝本氏の六つの投稿を理由に提訴し2026年5月27日、東京地裁が判決を下し、六つある投稿のうち滝本氏が数度にわたり訂正し謝罪した上記の一つの投稿のみに違法性を認め滝本氏に22万円の賠償命令を下した。李氏は勝訴したにもかかわらず、これを不満として上訴している。滝本氏はすでに賠償金を李氏に支払っており、それで終わりだと思っていたが、李氏が上訴したのでやむ負えず上訴した。李氏がこの上訴を取り下げれば滝本氏も取り下げるつもりだと滝本氏は自分のnoteに書いている。

ではこの滝本氏の件と村松女史の件がどう関係があるのかというと、村松女史は滝本氏の投稿を信じて自分のXやフェイスブックでそのことを事実であるかのように「身体が男性で手術もしていません」「身体男性の女性でレズビアン、つまり恋愛はノーマル」と繰り返してしまったのだ。それだけでなく、松村女史は台湾で起きた李氏の訴訟に関する中国語の記事から李氏の本名や整形手術をする前の写真なども一緒に掲載した。

これに怒った李氏は警察を通じて村松女史に苦情を述べ、すぐに削除し謝罪しなければ訴えると脅した。村松女史は慌てて元の投稿は削除し謝罪文を掲載した。その際にどのような内容の投稿に関して謝罪しているのかを示すために元の投稿を改めて添付し、その謝罪文は一年以上掲載されたままだったが李氏からは特に何のクレームも来なかった、提訴するという通知がくるまでは。

李氏側も村松女史側も判決文を載せていないので、どの部分がプライバシーの侵害となったのかよくわからないのだが、「李琴峰さんを支える会」のサイトに判決の抜粋があるので引用する。

■裁判の経過 2026年10月29日、東京地裁から判決が言い渡された。被告・村松氏の投稿が「プライバシー侵害」として不法性が認められ、110万円の賠償金の支払いが命じられた。判決では、

  • 「本件各情報は、原告にとってみだりに他人に知られたくないプライバシーに属する情報として、秘匿されるべき必要性が極めて高かったというべきである」
  • 「社会生活上一定の範囲で不可避的に他人に知られる情報であっても、自らが欲しない者にみだりに公表されないことへの期待は保護されるべきである」などとされ、性別移行歴に関わる情報や、性別移行前の容姿や氏名などの情報を暴露することがプライバシー侵害にあたることが明確にされた。
  • トランスジェンダーであることを示すそのような情報は「いずれも極めて個人的・私的な領域に属するものとして、強く秘匿されるべき情報であったというべきである」とし、プライバシー情報のなかでも最も強く保護されるべき部類の情報であるとした。  

私はこの判決は間違っているだけでなく、今後LGBTQ+に関して語るとき一般の人々は非常に危険な綱渡りをしなければならない恐ろしい前例を作ってしまったと思う。

先ずアウティングとは何なのか?

当人が隠しており家族や極々親しい人以外は知らない情報を、やたらに拡散するのはプライバシーの侵害であるというのは解る。しかしその情報があまりにも公になっている場合、それを繰り返した人々はすべてその人のプライバシーを侵害したことになるのだろうか?

例えば、芸能人の不倫を週刊誌がすっぱ抜いたとしよう。すっぱ抜いた週刊誌をプライバシー侵害で訴えるのは解るとしても、その記事を読んだ第三者が「○○さんて浮気してるんだって」とソーシャルメディアで書いた場合、その第三者はこの芸能人のプライバシーを侵害したことになるのだろうか?一旦広まってしまった噂を止めることなど不可能だ。俗にいう人の口に戸は立てられないという奴である。

今回の裁判の判決では噂を繰り返しただけでプライバシーの侵害になると言っているのと同じだ。李氏の場合は何年も前から彼が男性であることは囁かれており、昔の写真や本名や出生などがすでにあちこちのメディアで報道されていた。私は彼の出生時の名前や男性だった頃のペンネームなどを紹介している記事を読んだことがある。無論抜け目のない李氏はこのメディアを相手取って提訴しており、裁判はまだ継続中。

彼は彼の素性を巡って色々な人を訴えており、判決は勝訴の場合もあれば敗訴の場合もある。つまり、同議員がXにポストを書く以前から李氏がトランスジェンダーであることはすでに公然の秘密(?)だったのである。

事実彼がトランスジェンダーであるとXに書いた村松女史も、すでに誰もが知っていると思われる情報を繰り返しただけであり、アウティングになるとは思っていなかったと言っている。しかも当人が警察を通じて同議員に苦情を述べた際、彼女はすぐに問題のポストを削除し公に謝罪までしている。それでも李氏は彼女を許さなかった。そもそも当人と面識もなく個人情報など知る由もない人が当人の秘密を暴露することなど出来るはずがない。

問題なのは本人は隠しているつもりでも、はたからみたら明白な場合、それを口にだしたらアウティングということになってしまうということだ。

私は彼がトランスジェンダーだとカムアウトする前に、李氏のインタビュー番組を動画で見て、これは男だなとすぐわかった。声やその体系や、また話し方などから、彼が男なのは一目瞭然だったからだ。だがもし私があの時Xで「李琴峰って作家はどう見てもトランスだよね」などと書いていたら、私も訴えられ百万円以上の賠償金を請求されていたのだろうか?

李氏は勝訴声明のなかで、自分はこのような暴露記事を書かれるまでごく普通に「*シス女性」として生きていたと語っている。

 私も、カミングアウトするまでは、シスジェンダーの女性だと思われていました。私自身は一度も、自分のことをシスジェンダーだと言っていませんでしたが、このシスジェンダー中心の世界では、当たり前のようにシスジェンダーだと思われていました。しかし、**高橋さんとは違い、私はそれでよかったのです。カミングアウトなんて、全然したくなかったのです。  にもかかわらず、被告みたいな人たちによって、アウティングをされ、暴露されました。

*シス女性もしくは男性、シスとはトランスジェンダー活動家が生得的性別に違和を持たない正常な人を表すために使う言葉。トランスジェンダー概念に批判的な女性たちの間では侮蔑語と解釈されている。

**高橋塁、最近同性愛者であることを表明したプロバレーボール選手

この李氏の発言は非常に不誠実である。なぜなら彼は自分のことを「レズビアン」だと公言しており、自分の書籍にもあたかも体験談であるかのように女子高校生時代の少女の話を書いているからである。

それに彼が「シスジェンダーの女性だと思われていた」というのもはなはだ疑わしい。先に述べたように私は彼のインタビュー動画を見て、彼が女装しているだけの男だとすぐにわかった。動画を見ただけでわかるくらいだから、実際に彼に会った人なら彼が男だと解らないとは思えない。ただこういうご時世だから、本人が女性だと言い張る以上、周りは黙っていようという暗黙の了解があったのではないだろうか?

李氏は今回の勝訴に関して次のように語っている。

私の仕事は小説家です。私が本来書くべきは法廷に出す陳述書ではなく、読者に向けた小説であるはずです。私は何も悪い事をしていません。それなのに、ある日突然、手術とか、身体的特徴とか、そういった性に関わる機微な情報を、被告によってインターネット上で、デマ交じりで公開され、詮索されるような被害を受けました。やむを得ず、自分を守るために提訴するしかありませんでした。

李氏が言うように小説家である李氏が男性でも女性でも本来そんなことはどうでもいい情報だ。彼がどのような整形手術をし、どのような医療措置を受けているかなど非常にプライベートなことであり第三者がとやかく言うようなことではない。しかし問題なのは、彼は単なる小説家ではなくLGBTQ+活動家であるということだ。もし李氏が推理小説やサイエンスフィクションの作家で、登場人物も一般人や宇宙人だけでLGBTQ+関連の話題を全く取り上げていなかったなら、彼が男か女か、ましてやトランスか、などということに読者は興味など持たなかっただろう。

大昔だが私はミスター苺に薦められて***巴御前を主役にした「Tomoe Gozen」というファンタジー小説を読んだことがある。著者はジェシカ・アマンダ・サルモンソン(1950年生まれ)というアメリカの作家だ。

話は結構面白かったので好きだったが、後々私はこの作家は当時は珍しかったトランスジェンダーなのだという話を聞いた。しかし私の反応は「だから何?」だった。なぜかというと、彼がトランスかどうかなんてことは彼の小説には全く関係がなかったからである。私にとってこの面白いファンタジー小説の作家が自分を女だと思ってる男だなんてことはどうでもいい情報だった。

***Tomoe Gozen is a novel by Jessica Amanda Salmonson, published in 1981 ジェシカ・アマンダ・サルモンソンによる小説で、1981年に出版された。

だた李氏の場合は違う。彼は自分をシス女性だと言ったことはないと言いながら、シス女性でなければあり得ないレズビアン女流作家であるということを売り物にしてきたのだ。村松女史が言っているように、生得的男性で女性に性愛を感じるなら、それは単に普通の男だ。’

正直な話、今のご時世、普通に異性愛者の男性作家であるというよりも、レズビアン女流作家であると言ったほうが小説そのものよりも話題性があるのではないだろうか?彼が芥川賞を取ったことも、その属性が審査員の脳裏をよぎらなかったと言えるだろうか?

私は李氏の小説を読んだこともないし読む気などさらさらないが、彼自身が何かにつけレズビアンという性的少数派として差別されていると騒ぎながら、女性自認の男性がレズビアンバーに入れるべきだのなんだのとトランスジェンダー人権について活発な活動を続け、トランスジェンダリズムに批判的な作家をこき下ろしそのキャンセルの片棒を担いだような人なので、その本人がトランスジェンダーであるかどうかということは非常に重要な情報である。彼が去勢手術を受けたかどうかなんてことよりも、彼が自分が男なのにレズビアンだと偽ってLGBTQ+活動をしていたということの方がずっと重大な問題なのだ。

その重要な情報を暴露することがアウティングとして110万円もの賠償金を支払わされるとなったら、もう日本には言論の自由などないのと同じだ。

男を男と呼べない世界に言論の自由などない。

李氏だけでなく、仲岡しゅん弁護士や元愛知県春日井市議員小嶋小百合氏や共産党の大阪府島本町議河上りさ氏などトランスジェンダー活動家は訴訟が好きだ。彼らは自分らの素性を明かされることや、男が女になれないという事実を言う人々を黙らせることに必死なのだ。何故彼らは普通に他人を説得するのではなく常に訴訟を持ち出すのか、それは彼らは自分らが間違っていることを知っている。だから四角を円に押し込めるために訴訟という力づくで他人を屈服させようとするのである。

しかしこれは英語でいうところの****ストライサンドエフェクトである。つまりネット上の情報は消そうとすればするほど広がってしまうという現象だ。現に李氏はあまりにも騒ぎが大きくなりすぎたため、自分はトランスジェンダーだとカムアウトせざる負えなくなったと言っている。

もし誰かが彼がもともと男だったとソーシャルメディアでつぶやいていたとしても彼が無視していれば、さほど話題にもならなかっただろう。事実無根の悪質な情報を流されたなら訴訟も意味はある。だがその情報が真実である場合、訴訟はかえって逆効果である。

****ストライサンド効果(ストライサンドこうか、英語: Streisand effect)は、ある公開された情報を秘匿・除去しようと試みる行為が、かえってその情報を広い範囲に拡散させてしまう意図せざる結果をもたらす現象の名前であり、インターネット・ミームの一種である。

無論彼がそれを知らないはずはない。彼が彼の属性に関して語る人を次々に訴える理由は自分の属性を隠すことが目的ではない。彼やそのほかの訴訟好きTRAの目的はトランスジェンダリズムに関する批判を違法にすること、つまり批判者を黙らせることにあるのだ。

事実李氏は村松女史が今後トランスジェンダーに関して一切発言することを禁じることを要求していた。幸いそれは法廷では退けられた。

しかしながら、こういう判決が続くと、人々は余計にトランスジェンダリズムをうっとおしく思うようになるだろう。そうしてジェンダーの人たちとは付き合えないという感情を増幅することになる。李氏や他の活動家の思惑に反して、反LGBTQ+のバックラッシュはさらにひどくなるだろう。

 

 

こちら李琴峰さんを支える会のサイトより引用

 ■事件の概要  2024年5月下旬、被告・村松ひろみ氏はSNSで、李琴峰さんを名指して「身体が男性で手術もしていません」「身体男性の女性でレズビアン、つまり恋愛はノーマル」と投稿した(本件投稿①)。  本件投稿①に気づいた李さんが警察署に相談したところ、警察官から被告に注意の電話があった。警察からの電話を受け、被告は本件投稿①を削除したものの、すぐに、李さんの未公表の機微な個人情報も含む投稿(本件投稿②)をし、さらなる加害(アウティングと名誉毀損)を行った。  本件投稿①と本件投稿②は、李さんのプライバシー権、自己情報コントロール権、人格権、差別されずに平穏に生活する権利等を侵害し、名誉を著しく毀損するものであると李さんは主張し、2025年6月、弁護士に依頼して被告に対して民事訴訟を起こした。

 

以下日本経済新聞の記事より引用

 芥川賞作家・李琴峰さんの性別変更暴露、甲府市議に賠償命じる 事件・司法 2026年10月29日 11:43 (2026年10月29日 17:39更新) 芥川賞作家の李琴峰さんがSNSでトランスジェンダーと暴露され、性別変更前の写真や氏名を掲載されたのはプライバシー侵害に当たるとして、村松裕美甲府市議に550万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が29日、東京地裁であった。

本村洋平裁判長は110万円の支払いを命じた。投稿が李さんのプライバシーを違法に侵害したと判断した。性自認などを本人の同意なく暴露するアウティングを巡る賠償命令は異例とみられる。

判決などによると、台湾出身の李さんは2013年の来日前に男性から女性に変更し、公表せずに活動していた。 24年5月、面識のない村松市議がフェイスブックに「体が男性」などと投稿。いったん削除した後、性別変更前の写真や氏名を掲載した。一連の投稿などを受け、李さんはトランスジェンダーだと公表せざるを得なくなった。

市議側は、著名な作家であることを考えると公表の必要性は大きかったと主張。判決は、身体的性別や性自認と密接に関わる情報で秘匿する必要性が高く、公表に合理的な理由もなかったと指摘した。 削除後に再投稿した点は「強い非難を免れない」とした。

一方、李さんの性別などに関する市議の情報発信の差し止めを求めた訴えについては、賠償責任を認めることで、一定の抑止力が期待できるとして退けた。

判決後、李さんは記者会見し「ようやく勝訴判決を受け、安心はした」と話した。代理人の立石結夏弁護士は「機微な情報を暴露することが、不法行為になるというメッセージになった」と評価した。 村松市議は「今後どうしていくかは、弁護士と話し合う中で決めていきたい」とコメントした。

李さんは、X(旧ツイッター)の投稿でトランスジェンダーだと暴露されたとして、滝本太郎弁護士に損害賠償を求めた訴訟も起こしており、東京地裁が5月の判決で22万円の支払いを命じた。双方が控訴している。 李さんは21年に「彼岸花が咲く島」で芥川賞を受賞した。〔共同〕

 

以下被告の村松ひろみ議員のXにおける説明

村松ひろみ 甲府市議会議員 @hirohiro5670  今回の裁判を簡単に説明すると、

  • 朝日新聞デジタルに、李琴峰さんが「女性 レズビアン」と紹介されていた 
  • 滝本弁護士の身体の状態に言及した投稿を信じ、「その紹介では危なくないか」とFBに投稿(リアクション44)
  • 事実と異なるから削除すれば提訴しないと李氏から警察を通して要請
  • 即削除 →これを見て信じて断言してしまいました、すみません、と、滝本弁護士の投稿と、台湾の方の過去本人が雑誌に載せた紹介写真が載った投稿(最近までXに残っていた)を私が信じてしまった理由として添付して投稿(リアクション10) 謝罪投稿であったため削除要請もなく、一年間投稿されていた。
  • 提訴され削除を求めていることを知り、即日削除(なぜか判決文では9月まで掲載とある) 

性別変更履歴など載せていませんけどね。 それから、写真をなぜ載せたのか?は、最初の投稿で削除要請が来た理由が、身体のことについて「事実と異なるから削除して」と言われたから。 性別にふれるな、と言われたわけではないんですよね。 だからこれらの投稿を見て勘違いして投稿してすみませんでした、と謝罪するために必要だと思ったからです。 私はその中国語の投稿を肯定などしていませんし。 最初に身体のことにふれたのは、滝本弁護士の投稿を信じて、身体特徴が男性でレズビアンならば危なすぎると思ったから。そしてそれは不確かなことを信じてしまって即削除しています。不確かな情報を投稿したことに関しては私は非を認めています。

以下滝本太郎氏のX投稿より引用

滝本太郎 @takitaro2 あっ、日経新聞さん、 >李さんは、X(旧ツイッター)の投稿でトランスジェンダーだと暴露されたとして、滝本太郎弁護士に損害賠償を求めた訴訟も起こしており、東京地裁が5月の判決で22万円の支払いを命じた。双方が控訴している。 ーという記載は、私のは「附帯控訴」ですから、正確さを欠く記載です。 私の違法性が認定された投稿1は、李氏が性別適合手術をしていない、法的にも変わってないような書き方をした間違えた内容もあったもので、数日後に削除しお詫びを繰り返してきた投稿でした。  当方から上訴しないのがコモン・センス、常識というものだろうから、私から「控訴」はしなかったのです。だが李氏側が上訴したので、それに付随してする「附帯控訴」ならば、失礼はなかろうと、2週間経過後に出したものです。李氏が控訴を取り下げれば当然に終わってしまう上訴方法なのです。  附帯控訴は、せっかく東京高裁に行くならば、著名人が性自認主義を言う場合の受忍義務の範囲について判断して欲しいことによります。 

参考文献:

【勝訴声明】村松ひろみ氏によるプライバシー侵害事件・勝訴声明|李琴峰

李琴峰さんを支える会~LGBTQ+が安心して暮らせる社会を目指して~

李琴峰氏からの裁判の報告―追記「勝訴」という李氏側から上訴、当方も附帯上訴す。|滝本太郎

芥川賞作家・李琴峰さんの性別変更暴露、甲府市議に賠償命じる - 日本経済新聞

 

 

助けが必要な時は頼ってほしい、最近めっきり泣き虫になったL爺さん

昨日、養護施設に居る友人のLに会ってきた。Lは私と同じ66歳だが長年パーキンソンや糖尿病や甲状腺の疾患を抱え、今は介護士付きの高級養護施設で一人暮らし。以前にもお話したようにLは自宅のマンションで3年前に倒れ、数日間誰にも気づいてもらえず孤独死寸前のところを、郵便配達員の機転で九死に一生を得た男。今の介護付きマンションに越すまで2年間も病院暮らしだった。

Lと私とミスター苺は10代の頃からの大親友で、ミスター苺が生きてる時はLが居た病院にミスター苺と一緒にしょっちゅうお見舞いに行っていた。今年の2月にこの施設に移ってからも、私は一人でやはり一か月に一度くらい彼に会いに行っている。以前入院中の頃は自分で起き上がることも出来なかったLだが、今は自分でベッドから車いすに移動することもできるし、数十歩なら自分の脚で立ち上がって歩くことも出来る。

しかしパーキンソン病というのは脳の障害であり、薬で症状をコントロールすることは出来ても良くなる病気ではない。そして症状はどんどん悪化する。それでもこれまではLは会う度に元気になっている様子だったので全く心配していなかった。

しかし昨日のLはかなり調子が悪そうだった。彼の部屋でしゃべっている時はそれほどでもなかったのだが、11時半になり介護士の女性が「お昼の時間ですよ。行きましょう」と言って有無も言わせず車いすを押して一階の食堂まで連れて行き席につかせてからLの様子が少し変わった。

「ああ、ここへ来る前にトイレに行っておけばよかった。」

今からでも行けばいいじゃない。トイレ我慢しながらご飯食べるのは嫌でしょ?

「いや、今押してきてもらったばかりなのに、介護士さんに悪いよ。特に今は食事時で彼女も忙しいし、ちょっとなら我慢できるから」

そう言ったはいいが、かなり行きたそう。食事が運ばれてきても、Lは全く手を付けない。お腹すいてないの、と聞いても、「いや、ちょっと姿勢が直せなくて」という。気が付くと彼は車椅子の片側に不自然に傾いており、手がテーブルに届かないでいた。私が手伝おうかというと、「いや、職員さんに頼むからいい」と拒んだ。そう言ってるうちに看護婦が薬を持ってきたので、Lは彼女に姿勢を正してもらった。

しかし昨日はとみに右手の揺れが大きく持ったフォークが皿に当たってカンカンと音を立ててまるで食事をさらえない。そうしてやっと口元までもっていっても手が震えすぎてせっかく持って行った食べ物が口のなかに入らない。

見かねて私は手伝おうかというと、「大丈夫、自分で出来る」と頑として私の手を拒んだ。仕方なく私はせめてミートボールを一口大に切ってあげることにした。私の食事はハンバーガーだったので自分では使っていなかったナイフとフォークでLのミートボールをカットし、ついでに彼の口元まで持っていくと、彼はしぶしぶ一口食べた。しかし結局食事は一口二口なんとか食べただけで、Lは部屋に戻りたいと言って持っているボタンを押して介護士を呼んだ。

介護士に車椅子を押してもらい部屋に戻った時、私は介護士に「Lはトイレに行きたいらしいから手伝ってあげて」というとLは「大丈夫、一人で出来るから」というので、介護士は彼をトイレの中まで押していき、そのまま出て行ってしまった。「時間かかるから、君はそっちでテレビでも見ててよ」とLが言うので私はリビングで腰を下ろした。

ところがトイレからLの悲鳴が聞こえた。「あ~」どうしたの?大丈夫?「大丈夫、大丈夫」とLの声。その後水の音がしたので、ああ、ちゃんとトイレ行けたんだなと思っていたら、「カカシ~ちょっと来て」とL。

行ってみると床が水浸し。Lのズボンもびしょぬれだった。その前でLは立ったまま硬直していた。

「やっちまった、、、」とバツが悪そうに言うL。そうだね。だから最初から介護士さんに頼めばよかったのに、変なところで遠慮するからだよ。と言いたかったがそれは言わずに、タオルで床や便座を綺麗に拭き、汚れていた便器もブラシでごしごし洗った。私は何が嫌かって汚いトイレは我慢できないのよ。そういいながら掃除をしているとLは

「すまん、車いすに座りたいんだが、腰がこわばってしまって、、」

という。それで彼を支えて車いすに座らせると「ありがとう」と言いながらLが泣きだしてしまった。恥かしがることなんかないわよ。大丈夫だから、私はこういうことは慣れてるんだから。私がそう言ってLを抱擁すると、Lはさらに激しく泣きじゃくった。

トイレの掃除を終わらせ、彼の着替えを手伝おうとすると、Lはまた拒んだ。「いいよ、あとで介護士さんのシフトが換わったら来てもらうから」それって何時よ、「2時」今未だ12時半よ、一時間半も濡れたズボン履いてるつもりなの?

しかし彼は断固と着替えを拒んだので仕方なく私は諦めた。まあ確かに女友達に自分の粗相するところを見られたうえに下着の着替えまで手伝わせるなんて大の男としては耐えがたい屈辱だろう。この間実家で父がやはり粗相をして、風呂場で父の下半身を洗ってあげた時も、父は「屈辱だ、屈辱だ」と言っていた。

介護士にやってもらうならまだしも、女友達や娘に下の世話をしてもらうなんて男にとってはどれほど屈辱的なことだろう。私はいくら慣れているといっても、相手にとって嫌なことに変わりはない。私だって入院中に男性の介護士にトイレを手伝ってもらうのは本当に嫌だったから、気持ちはよくわかる。相手はプロなので気にしないことはわかっているが、それでも嫌だった。

Lにはプライドもある。出来ることは自分でやりたいと思ってる。だからあまり他人に頼りたくないのだ。それは解る。だが自分の限界を知ることも大事だ。もし最初にトイレに行きたいと思った時に遠慮せずに介護士さんに頼んでいれば、結局他人に迷惑をかけることもなかったのだ。

私は彼の手を握りながら、私たちの友達は次から次に死んでしまって、もう私たち二人しか残ってない、あなたまで死んだら私はどうすればいいんだ、だから頼っていいんだよ。私には甘えていいんだからね、と言った。するとLはまた泣き出してしまった。

まったくしょうがないね、大の男が泣くなんてみっともない。そういいながら私も泣いてしまった。

パーキンソン病というのは癌のような病気と違って放っておいたら数年後には死んでしまうというものではない。他の病気が併発しなければ割合普通の寿命を保つことが出来る。問題なのはどれだけ長い間体の自由が利くかということだ。

パーキンソン病は脳の病気なので、いずれは食事を飲み込めなくなるという点ではお爺ちゃんの時と同じだ。ただパーキンソンは進行が遅いし、必ずしも認知症になるというわけでもないらしい。

だからLにも是非とも長生きしてもらいたいものだ。

カカシのXアカウントが凍結される?不思議なDMに混乱した

昨日の朝、私のXのDMに見知らぬアカウントからDMが届いた。

こんにちは!今日もお疲れ様です!九にDMをおくってしまってすみません!少しだけお話するお時間ありますか?

最近のXは、相互フォローでなければDMは受け取れないので、過去に相互フォローになったひとらしかった。しかしその人のプロフィールを見てみると、最後のポストは今年の7月で、特にこれといった政治見解も述べていない。それで何故この人と相互フォローになったのか全く記憶にない。ただ私は2023年から結構活発に投稿しているので、過去になにか意気投合することがあったのかもしれない。そう思って日本時間の午前8時から午後2時ごろまでの間なら暇なので、時間を指定してくれればチャット出来ますよと返信した。週末も近づいていることだし、なにかおしゃべりしたいのかなと思っていた。

そして午前中は用事があったのでお昼近くに帰ってきてからXを開いたら、こんなメッセージが来ていて驚いた。

誰かのアカウントと間違えてXに私のアカウントを通報したところ、Xから私のアカウントは多々の違反行為をしており、他からも苦情が多く来ているので近いうちにアカウントは削除するという内容の通知が送られてきたというのである。

本当に申し訳ありません。あなたを傷つけるつもりはまったくなかったのですが、正直に言います。報告する相手を間違えてしまい、本来の対象ではなくあなたのアカウントXを報告してしまいました。友人と一緒に報告したのですが、その時は誤りに気づけませんでした。先ほど、あなたのアカウントが停止された可能性があるという通知を受けて気づきました。 

その時のやり取りはこちら。↓

その「通知」を拡大したものがこちら↓

私は老眼で細かい字は良く見えない。特にDMに張られたスクショは凄く小さかったので、図柄を拡大しない限り何と書いてあるのかよくわからなかった。私は以前に2回ほどアカウントを凍結されてるので、そういう場合には私に直接通知が来ることを知っていた。

そもそもXはアカウントを凍結する際に予告などしない。突然アクセスができなくなり、あなたのアカウントはこれこれこういうわけで凍結しました、不服な場合はここにと抗議してくださいという画面が出てくるのだ。そしてXが凍結すると決めた場合は、こっちが何を言っても無駄である。

だから今回もXが私のアカウントを凍結すると決めたのなら、この通知にあるとおり24時間以内にXから直接通知がくるか、アクセスしようとしたら出来なくなっているかどちらかだろうと思い諦めていた。

それで昨日寝る前に私のアカウントは凍結されるらしいので、今後私のポストが観られない場合はそういうことだとご了承くださいとポストして寝てしまった。

今朝起きた時、もうアカウントは凍結したかなと思って最初に電子メールをちぇっくしたところ、そういう知らせは来ていなかった。まだアクセスできるかなとXにアクセスしてみると普通に開けた。

そしたらとある人から、それってもしかして、これでは?というコメントという引用コメントがあった。元のポストはこちら。

  ハナブサ ノブユキ @Hanapan8723 ⚠️【注意喚起】⚠️ こんなDMがきましたが、うっかりDiscodeやLINEで返信しちゃダメですよ 実際のやりとりを載せておきます。 これ、結構有名なアカウントから来たんですよね…。 Xのサポートなのに 『アシストてっぺい』 『てっぺいオフィシャル』 誰だよ、それ😑

そして彼は自分のDMのスクショを張ってくれたのだが、その内容が私に来たDMとほぼ内容が同じだった。ハナブサさんはDMの送り主と何度かやり取りを繰り返し、相手はハナブサさんに通知にあったDiscordかラインの方に連絡するよう何度も促した。ハナブサさんはこの時点で何故XのサポートがDiscordやLineという違うプラットフォームを使うのかと疑問提示をしている。私はこのやり取りを見るまで「通知」のスクショにそんなことが書かれているのに気づかなかった(笑)。

私の場合は日本とアメリカという時差があったせいで、リアルタイムの会話がなかったのが幸いしたのかもしれない。

というわけで、これはどうやらアカウント乗っ取りのためのフィッシングだった模様。

私がこの通知のスクショを読んだ時に、ちょっと違和感を持ったのは、この通知にはアカウントを「削除する」と書かれていたことだ。Xは削除という言葉を使わず「凍結」という言葉を使う。

それにどうして通告した人に24時間以内に連絡する必要があるなどという通知が行くのだろうか。そういうことは通告された人に言うべきことのはずだ。24時間という時間制限があれば尚更私にこそ、その通知が送られてくるべきである。なのに24時間以上経っても私のメールにはそんな通知は来ていない。一番連絡をしなければならない人に通知せずにアカウントを通告した方に通知をおくるのはおかしな話である。

ま、そんなわけで私のアカウントは今のところ無事なようである。

なんにしてもX上で皆さんにお話ししてよかった。

 

追記:

今日になって、自分も全く同じ内容のDMをもらったという人が出てきて、どうやら新手のフィッシングらしいので、Xをやっている人はお気をつけて!

知っているひとからのメッセージだからと信用してはだめ。内容が怪しいと思ったら他の方法で本人に直接問い合わせるとか、ネット上だけの知り合いなら、悲しいがアカウントが乗っ取られたと理解してブロックするより仕方ない。

日本のアニメファンが「フランス人」との対立で学んだ人種差別の現実

昭和52年(1977)、アメリカのテレビミニシリーズ「ルーツ」が日本でも放映された。高校生の私はこの番組を両親と妹と一緒に観ていた。今思うとあのシリーズにはかなりの反白人プロパガンダが混じっていたのだが、まあそれは置いといて。それを見ながら母は何気なく「私は黒人は嫌いだわ」と言った。あの番組はアメリカの奴隷制度時代、黒人がどれだけ白人に虐げられたかを表したものだったので、私はそれを見た後でそんなことを言える母が信じられなかった。それまで母は一度でも黒人と直に接したことがなかったのに、いったいなにも知らない人たちのことを何故そんな風に言えるのだろうと怒り彷彿となってしまった。それで私は母のことを「レイシスト!」といって罵り、その場で大喧嘩になってしまった。

それから早送りして10年後くらいに、久しぶりにアメリカから日本へ帰った私は、母との何気ない会話の中でアメリカの黒人犯罪者について批判的なことを言った。すると母は昔のことを持ち出して、「あんたは私が黒人が嫌いだと言ったらあんなに怒ったくせに、今は自分が嫌いだというの?」と聞いた。それで私は「何も知らずに偏見だけで嫌いだというのと、知ったうえで嫌いになるのとでは話が違うのよ」と答えた。

 

ここ数日、日本人とフランス人がX上で罵倒バトルを繰り広げている。私は全然かかわっていないのだが、外から眺めていて面白いことに気が付いた。

もう一か月近く続いているフランスでの暴動。最初は学校の環境向上を訴える学生や教員たちによるデモという触れ込みだったが、それがあっという間に左翼の暴動へと変化し移民及びその2世3世による商店の略奪や伝統建築物破損や放火といったものに膨れ上がったのは読者諸氏もご存じの通り。

ところが略奪や放火の現場を写すビデオを観ていると、明らかに白人ではないアラブアフリカ系の男達がフリーパレスチナの旗をひらめかせているのと同時に、なぜか日本のアニメキャラクターのコスプレをして暴れている連中が目に留まるようになった。これを見た日本のアニメファンたちが、アニメキャラの格好で略奪行為をするのはやめてくれとコメントしたことから火がついた。

きっかけとなったのはこのポスト。「バカなことをする為に日本の文化を汚すの辞めてくれる?もうウンザリだよマジで、、、」

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それに対してフランス在住のEtalonDuCul_という男がフランス語で

 「ああ、そうだね。レイプ文化、家父長制、小児性愛、学校や職場での自殺、個性の抹殺、アメリカ資本主義(自国に原爆を投下した張本人たち)への服従、屈辱、その他もろもろのこと? もう少し反抗してみたら? 損はないよ。」

と返してきた。これに怒った日本のアニメファンから「フランス人」に対して怒りの返答があり、お互い罵倒し合うというバトルが始まったわけだ。

しかしここで面白いことがある。Xでは今どこの国でXを登録したかがわかるようになっているので、外国人に成りすます人は結構見わけがつくようになった。例えば日本人のふりをして反日ポストをしている人の登録国を検索してみると、東南アジアからだったりする。

しかし今回日本人に悪態をついている自称フランス人は確かにフランスから発信しているようなのでフランス在住ではあることは確からしい。(フランス語でポストするアフリカ発進の者もかなり多い)

それについて生粋フランス人David Lévi-Strauss-Kahn@rixisdavidという人が今日本人を侮辱している奴らはフランス住まいのアラブ・アフリカ系移民かその2世3世がほとんどだよと指摘した。そして彼らと生粋フランス人との見分け方を教えてくれた。

  •  『ドラゴンボール』や『ワンピース』のような少年漫画風のアニメのプロフィール画像
  • やたらと人種差別者だのナチだのと侮辱してくる。
  • やたらとこういう « 🤣😂😹 » 絵文字やインターネットスラングの « mdrr », « ptdrr », « jppp » (日本で言う « www ») を使う。
  • プロフィールにパレスチナ旗 🇵🇸をつけてる。
  • やたら「wesh/wsh」や「wlh/wallah」といったアラビア語の単語 — 「fdp」(fils de p*teの略語)のような侮辱語を使う。
  • 愚かで攻撃的な挑発行為として、非常に多くの場合、性的な内容(例えば、ペニスの大きさなど)を持ち出す。
  • (カカシによる付け足し)やたらと原爆の話をしてくる。

 

 議論に対して理性的に応答できず、感情的な反応を示す。これらの特徴のうち、たった一つでも見受けられる場合は、相手がフランス語を母語とする人ではなく、「フランス人」であると考えてよいだろう。

そして彼は続ける。

私たちフランス人は、ここ数日、このアプリ上でフランスと日本の間で生じているこうした緊張関係に心を痛めています。この緊張は、フランス語を話し、フランスに居住しているという理由から、皆さんがフランス人だと見なしているアフリカ系移民の子孫たちによって、非常に大きく煽られているのです。まさにそのアフリカ系の人々が、今この瞬間も私たちの国を荒らしまわっているのです。決して騙されてはいけません!フランス万歳、日本万歳!

私はこれを読んで笑ってしまった。なぜなら、先日私が今フランスで暴動を起こしているのは生粋のフランス人よりもアラブ・アフリカ系のモスリム移民かその2世3世の連中のほうがずっと多いとポストしたときに、私につっかかってきた「フランス人」と名乗る女性のプロフィールがまさにそれにぴったりあてはまっていたからである。↓がその人。

 

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残念なことに欧米では左翼や特にトランスジェンダー活動家の間でアニメが人気で、彼らが自分のSNSのプロフィールにアニメキャラを用いるのは割と普通にある。そして大の男がアニメの少女キャラのコスプレをするなんていうのもよく見られる光景だ。何しろ今では「コスプレ」は英語として逆輸入されてるくらいだから。

この間日本でフリーパレスチナとやって日章旗の真中をくりぬいて東京で一人でデモをやっていた女性自認の白人トランティファ(トランス+アンティファ)男のプロフィールなんかすべての印がてんこ盛りである。

 

対象がフランスのアラブ・アフリカ系モスリムであることから、アフリカからも日本人攻撃が起きている。このセネガル(西アフリカ)男のポストがこれ。まさにDavidが言ってた通りの内容。

要するに、日本人は人種差別的で、外国人嫌いで、性差別的で、イスラム嫌いで、仕事に執着しすぎで、ペニスが小さい。 他に何か忘れたことはあるかな?

その男のプロフィールがこちら。

アニメを冒涜するなと言っただけで、このように凄まじい攻撃がアラブ・アフリカ系黒人たちから起きると、日本のアニメファンたちは彼らについてどういう感情を持っただろうか?今までアラブ・アフリカ人にもモスリムにも特に何の感情も持っていなかった日本のアニメファンたちは、一気に彼らを嫌いになったのではないだろうか?

実は日本のアニメファンが傲慢な黒人(欧米及びアフリカの黒人)達に遭遇したのはこれが初めてではない。アサシンクリードの日本を舞台にしたゲームで主役が弥助という架空の黒人侍だったことや、アニメのキャラで少しでも浅黒い日本人が出てくると、その実写版で日本人俳優の色が白すぎると文句を言ったりする黒人たちにいい加減頭にきていたファンも多い。しかも最近は東洋人(中国、韓国、日本)の祖先はアフリカ黒人だったなんてAI写真をつかって広めてる馬鹿がSNSに溢れている。19世紀まで文字も持っておらず車輪すら発明できていなかった人種がよく言うよと思う。

今回のやり取りで、いい加減黒人とは付き合いきれないと思ったファンも多いだろう。

いや、SNSで悪態付いてる奴らなんて一握りだ、それだけで判断してはいけないと言われても、毎日のように流れてくる動画に映ってる人々はアラブ・アフリカ系「フランス人」ばかりだとなったら、こんな奴らとの共生なんて無理だわ、となるのは当然ではないだろうか?

私はイスラエルの件でパレスチナ擁護をするモスリムと何度もSNS上でやりとりしたことがあるが、あの人たちは理論だてて物事を考えるなんてことは出来ない。ユダヤ・キリスト=悪、モスリム=善、しか頭にない。だから人々はすべてモスリムに従うべきなのであり、それに反抗するなら力づくでいうことを聞かせる以外にないと考えている。そしてそれを言うことで言われた方が納得すると思っているのだから呆れる。

アラブ・アフリカのモスリムにしても、他の外国人にしても、相手のことを知らないから差別意識が生まれるのだと言う人がいるが、私はそれは反対だと思う。知らない人たちに対しては何の感情も意見も持っていないくても、遭遇して不愉快なやり取りがあって初めて嫌な奴らだという差別意識が生まれるのだ。

AI君から得る情報は質問者の教養を反映する

最近よもぎねこさんがGeminiというAI君から得た情報で、非常に洞察の深い情報や解説を紹介してくれているが、AI君の答えは質問者の知識を反映するので、あのような情報をAI君から得るためには、よもぎねこさんみたいにもともと教養や知識がないと不可能である。

例えば有名な学者をインタビューする際、その学者の専門分野について少しは知識がなければ身のある質問はできない。有名作家の場合はその人の著書をいくつか読んでなければ何も引き出せない。

また、よもぎねこさんは、AI君から得た情報をもとに自分なりの考えや分析をしてくれているので読んでいて面白いわけだが、人によってはAI君から得た情報をそのままコピペする人がいる。特にXでそれをやる人に対しては私は「AIと話す気はないよ」と言って突っぱねることにしている。

AI君から得る情報は間違っていないまでも不十分であることが多く、変だなと思ったら突っ込んで聞かないと全体像はつかめない。

さて、フランスで始まった暴動はベルギーやスペインやイタリアにも広がっている。そしてどこの国でも共通しているのはフリーパレスチナの大きな旗がはためき、略奪や放火をやっている連中はお決まりのアラブ・アフリカ系の連中だ。

だから日本でもこういう連中を入れてはいけないという流れで「アメリカでもイギリスでもモスリムの80%以上は生活保護者で2世代3世代目になっても同じ。犯罪率は馬鹿高い。モスリム居住区はモスリム代表者を選ぶようになり地域全体が乗っ取られる」と書いたところ、誰かがそれを「検証」するといってAI君に質問してくれた。そしてそのAI君から得た情報により彼女は私の言ったことは「全部間違い、もしくは嘘ですね。」と結論付けていた。

そこで今日は質問者に知識がないと、AI君から得られる情報には限りがあるということを証明するいい例をご紹介したいと思う。質問は三つあるので、質問とAI君の答えは青字、私の感想は黒字でする。

質問1. 「欧米でムスリムの80%以上が生活保護」は事実か?

AI:そのような統計は存在しません。 欧米各国の公的統計は「宗教別の生活保護率」を基本的に公表していません

もちろん左翼勢力の強い欧米諸国で宗教別の生活保護率など記録しているわけがない。ここでアメリカのミネソタ州でソマリア移民とその2世3世の90%以上が生活保護を受けているという事実を知らないと、宗教別の統計はなくても、移民の出身国別の統計はあるのではないか、ということを思いつかない。

それでソマリア人(アフリカモスリム)の生活保護についてAI君に聞いてみると面白い答えが返って来る。強調はカカシ。

2014年から2023年の国勢調査データに基づく2025年12月の移民研究センター(Center for Immigration Studies)の報告書によると、ミネソタ州において、ソマリア系移民が世帯主を務める世帯の81%が、SNAP(栄養支援プログラム)、現金給付、メディケイドなどの主要な福祉給付を受けており、子供がいる世帯ではその割合は89%に上昇する一方、米国生まれの世帯では21%にとどまっている。米国に10年間在住した後でも、78%が依然として福祉給付を受けており、これは1990年代以降に難民として再定住した約8万人の人口における52%という児童貧困率や、教育水準の低さ、英語力の不足といった課題と関連している。支援団体は、彼らの所得5億ドル、納税額6,700万ドル、労働力参加率70%を指摘しているが、「Feeding Our Future」事件(2億5,000万ドルの不正受給)のような不正スキャンダルが、インセンティブや政策変更に関する疑問を煽っている。

そしてこのソマリア人の不正について検索してみると、

ミネソタ州で拡大する詐欺スキャンダル(連邦検察当局の推計では被害総額が90億ドルを超える可能性がある)に全国の注目が集まる中、同州のティム・ウォルツ民主党知事は、再選に向けた選挙戦から撤退すると発表した。CBSニュース

という情報が簡単に出てくる。それでモスリム移民、すくなくともソマリア人移民に関しては受入国に多大なる負担になるということがわかる。

 質問2. 「モスリム移民の犯罪率が非常に高い」は事実か?

AI:国によって差はあるが、宗教ではなく人口構成・社会経済要因が主因。 欧州の犯罪統計は「宗教別」ではなく「出身国・移民背景」で集計されます。 そして各国の公式機関は共通して以下を明記しています:

若年男性・低所得・都市部居住者に犯罪が集中する 移民背景の犯罪率が高く見えるのは人口構成の差であり、宗教や出身そのものが原因ではない と公式に説明されています。

こういう答えが出て来たら、では出身国別で犯罪率が高いのはどこなのかという疑問が生まれるはずである。その部分を突っ込まないのは質問者として失格だ。しかしパキスタン人によるグルーミングギャングについて多少なりとも知識があれば、パキスタン人について質問することが出来る。

その件について誰かがAI君に聞いてくれたのがこちら。原文は長すぎて全文引用は無理だが重要な点はこちら。

  • 全国警察データ(2023年):グループ型CSE容疑者のうちパキスタン系6.9%。2024年(1–9月)は13.7%。人口比2.7%に対し2~5倍程度の過大代表。
  • 白人が多数派(2023年70%、2024年63%)だが、パキスタン系は人口比を大幅に上回る。
  • 高プロフィール事例(RotherhamのOperation Stovewoodなど)では、容疑者・有罪者の約2/3がパキスタン系と報告されたケースあり。
  • 2021–2023年の深刻な児童強姦・性的暴行起訴(既知エスニシティ)でパキスタン系7.2%、有罪で4.7%(人口比より高い)。

つまり、AI君にも適切な質問をすれば、パキスタン人(モスリム)がいかに危険な民族であるかがわかるのである。

質問 3. ムスリム居住区が地域を乗っ取るというのは事実か

欧州の自治制度は ・住民自治会 ・市議会 地方選挙 などで構成されており、宗教集団が「代表者を選び地域を乗っ取る」ような制度は存在しません。

ちゃんとした質問者なら、誰も制度の話はしていない、モスリムが既存の制度を利用して地域を乗っ取っているという事実はあるのか、と聞き直すべきだ。

モスリム達は固まって住む傾向があるので、地域の人口が増えてくると、帰化人や2世代以降のモスリムが積極的に政治に参加するようになる。そしてモスリムが立候補すると地元のモスリムは一団となってその候補者に投票するからモスリム人口が過半数になれば必ず当選する。そしてモスリムが権力を持つとその地域ではシャリア法廷が必ず出来る。それが受入国の法律で認められているかどうかは問題ではない。

例えばアメリカのミシガン州、ディアボーン市では、モスリム人口が過半数を超えモスリムが市長になった途端にキリスト教徒に向かってお前を歓迎しない、出ていけと言いだした。

先週開催されたディアボーン市議会の会議で、アブドゥッラー・H・ハマウド市長は、アラブ系アメリカ人新聞『Arab American News』の発行人オサマ・シブラニ氏を称える新しい道路標識について懸念を表明した地元住民のエドワード・「テッド」・バーハム氏(キリスト教徒)に対し、同市では「歓迎されない」と述べた。

またミネソタのソマリア帰化人イルハン・オマルが地元ソマリア人の圧倒的支持を得て下院議員に選ばれ、どれだけの不正が暴露されても今回も当選確実という事実もあるし、モスリム市長ゾーラン・マムダニを選んだニューヨーク市では、すでに朝5時からNY市民がモスリム祈祷で叩き起こされるという現実がある。

そういう背景を知らないとAIの答えだけでは、モスリム人口が増えると地域がモスリムに乗っ取られるという現実を知ることができないのだ。つまりAI君の答えがどれほど不十分で無意味なものであるかがわかる。

結論

AIは非常に便利な道具である。しかしどんな道具も使い方を間違えると正しい情報を得ることはできない。何度も言ってるように"Garbage in, garbage out"「ゴミ入力、ゴミ出力」なのである。

イギリスの植民地政策はキリスト教布教と慈善事業が始まりだった

アフリカの話題が評判がよかったので、今回はずっとお話したくて出来ないでいたアフリカにおける植民地政策、特にイギリスの政策についてお話したい。

聡明なる読者諸氏は、欧州国によるアフリカの植民地政策は悪いことばかりではなかったということはすでにご存じだと思う。しかしイギリスによる植民地政策はアフリカの資源搾取が目的だったのではなく、実はイギリスがアフリカに植民地を作った当初の理由は、キリスト教の教えに基づき、奴隷制度を始め残酷な殺し合いや女子供及び動物に対する非人道的な風習を撤廃するのが目的だったということはご存じだろうか?

本日はデイリーワイヤーのマット・ウォルシによるアフリカの歴史シリーズを参考に、実際イギリスの植民地政策がどのようなものだったのかお話したいと思う。先ずはイギリスがアフリカに植民地を作るまでのいきさつからご紹介しよう。

多くの人がイギリスがアフリカを侵略したのはアフリカから奴隷や資源を搾取するためだと思ってるかもしれないが、イギリス最初のアフリカ植民地が出来る以前の1833年にイギリスではすでに奴隷制度は廃止されていた。これはアメリカが奴隷制度を廃止する1865年の20年以上も前のことである。

イギリスは自国で奴隷制度を廃止しただけでは飽き足らず、世界の奴隷貿易を止めさせようとアフリカからの奴隷船を積極的に拿捕し、何百万という奴隷を解放した。ビクトリア時代のイギリス帝国海軍の主な仕事は奴隷船航路を取り締まることだったといっても過言ではないのだ。

植民地時代前のアフリカ

何故イギリスはアフリカに植民地を作ろうなどと思ったのかという話をする前に、植民地時代以前のアフリカはどんなところだったのかを知っておく必要がある。

よくアフリカが未だに発展が遅れているのは欧州諸国が既存の文化を破壊し資源を搾取したからだと言い訳をする人がいるが、欧州が現れる前のアフリカは、それはもう野蛮で想像を絶する暴力的な世界だった。

そもそもアフリカにどんな文化があったかなど詳しいことはわからない。何せアフリカには*アフリカの角と呼ばれるソマリア半島とスダン以外には19世紀に入るまで歴史を書き留める文字がなかったのである。北アフリカに多少なりとも文明らしきものがあったのはアラブの影響があったからだ。アフリカの歴史に関してはアラブ人の旅行者やイギリスの宣教師たちの記録が残っているだけで、あとは口伝えのみだ。

多少なりとも農耕文化があったのはエチオピアだけで、すでに工業革命が起きていたヨーロッパに比べ、アフリカでは車輪さえ発明されていなかった。

*アフリカの角 (HOA)は、ソマリア半島とも呼ばれ、アフリカ大陸の最東端に位置する広大な半島および地政学的地域である[4]。世界第4位の規模を誇るこの半島は、ソマリア、ジブチ、エチオピア、エリトリア、および一部で国家として承認されているソマリランドで構成されている。

当時イギリスは国内で増える人口のためにアフリカの野菜油や鉱物などを求めてアフリカに出向いたのだが、パルム油を船に運ぶ際、内地から油を入れた樽をごろごろと転がして運んだというのだから驚く。

以前にも私はアメリカ大陸の先住民のインディアンたちの残虐性についてお話したが、アフリカの部族の残虐性はインディアンに負けじとも劣らぬ酷さだった。

例えばダホニー族の酋長ゲゾの屋敷の家具は人骨を血液を糊にして作られたもので、酋長の椅子は四つの敵部族の酋長の骸骨で出来ていた。ダホニーは1894年フランス軍によって討伐された。また有名なズル族の酋長シャカ・ズルの母親が死んだとき、シャカは悲しみのあまり周りに居た人間を無差別に処刑させた。これを発端に周り中で殺し合いが置き、すべてが収まった時には何と7000人が撲殺されたという。位の高い人間が死ぬと召使が一緒に生き埋めにされるなど普通で、シャカの母親の侍女が8名一緒に生き埋めにされた。

イギリス植民地だった国々(紫)

ナイジェリアでは部族間の絶え間ない戦争が続き生贄は日常茶飯事だった。生贄のために何人もが海岸沿いにくくられワニの餌になったりした。

このような野蛮な風習のなかでも特にひどかったのが双子殺人風習である。これに心を痛めたのがマリー・スレーターというスコットランド人女性宣教師だった。

当時のナイジェリアのカラバーでは双子は忌み嫌うものとされ、双子の片割れは背骨を折って殺され壺に詰め込まれて森に捨てられた。時には生きたまま壺に入れられる赤子も居た。双子を産んだ母親は村を追放され一人で野垂れ死にする運命にあった。スレーターは殺される運命にあった乳児を救い孤児院を作り、1876年から40年にわたりこの野蛮な風習を止めさせる運動を続け、ついには地元民に受け入れられた。今でも彼女はオクヤンの女王として敬われている。

イギリスのアフリカ進出目的は貿易だった

当初イギリスはアフリカを植民地にする目的はなく単に貿易の目的で進出した。西アフリカの海岸沿いはその土地の特産物で呼ばれていた。例えば、ゴールドコースト、アイボリーコースト、奴隷コーストといったように。

1800年代初期にイギリス領だったのは、ケープコロニー(南アフリカ)と解放された奴隷たちが移り住んだシアラ・リオンだけだった。そしてイギリス政府は地元の文化と自治を尊重していた。

解放された奴隷たちが入植したシアラリオンでは学校や病院が建てられ、黒人たちは洋服を着、イギリス風の生活をしていた。そこでは黒人の医者や弁護士までいた。言葉もクリオと呼ばれるもので近隣の部族とは違っていた。地域の知事や政府機関の役員などは白人が担っていたが、ほとんど黒人たちの自治区であり、イギリス政府は白人の知事たちは時々アドバイザーとして意見を述べる程度だった。これは中国へ返還される前の香港を想像したらいいのかもしれない。シアラリオンは近隣のアフリカ地域と比べて経済的にも生活水準も高かった。

キリスト教布教に熱狂したイギリス

イギリスはキリスト教の道徳感から奴隷制度は悪であると考えるようになった。だから国内で奴隷制度を廃止し、諸外国が行っている奴隷貿易も力づくでやめさせようとした。

商人や宣教師がアフリカ国内に行くようになり、イギリスにもアフリカ現地人がどのように原始的な生活を送っているかを知ったイギリス人達の間で、「アフリカの黒人を救おう」という動きが生まれた。

私は西洋諸国が国連を通じてが長年アフリカを救うための募金活動や事前事業に力を入れ始めたのは植民地政策が終わってからだと思っていたのだが、実はそのずっと前からイギリスではアフリカ救済運動が起きていたのである。

ビクトリア王朝(1837-1901)時代、ビクトリア女王そのものが非常に道徳観念の強い人だったせいもあり、アフリカにキリスト教を布教し現地人を「救済」するという考えには積極的だった。

これ自体は決して悪いことではなかった。

例えば1851年、イギリス海軍は、大西洋奴隷貿易を鎮圧し、また奴隷貿易の廃止を拒否したラゴスの王(オバ)コソコを廃位させるため、ラゴス(現在のナイジェリア)を砲撃した(ラゴスの制圧)。

1896年8月27日、ザンズィバー、イギリスの言うことを聞かないサルタンが牛耳るザンズィバー王国をイギリス軍はたった45分で鎮圧。イギリスの傀儡政権を立てザンズィバーの奴隷制度を廃止してしまった。この頃イギリスが解放した奴隷は150万人と言われている。

オランダ人入植者との戦い

イギリスが最初にケープコロニー(南アフリカ)へ進出した時、そこにはすでにアフリカーナというオランダ人入植者たちが100年以上も前から住んでいた。俗にボーアと呼ばれる農業主体の人々だ。彼らはオランダ人ではあったが、ケープコロニーをオランダの植民地と思っていたわけではなく、北アメリカに移住したイギリス人同様、すでにアフリカ地元民になっていた。

戦いを好まないボーアたちはさっさと内陸部へ移動した。人によってはアフリカの最初の難民はボーアだといってもいいとさえいう。

ボーア達の居住区にはブッシュマン以外の先住民はあまり居なかったので、ボーアと先住民との衝突はなかった。だが、イギリス人たちに追い立てられるように内陸部に移動したボーア達はズル族と衝突した。あるズル族の村は最初ボーアに居住区の一部を明け渡すと約束し、自分らの村にボーアの代表者たちを招き入れた。契約書には署名され、ボーア代表団はめでたしめでたしと思った途端、ズルの酋長は「魔法使いたちを殺せ」と合図。代表団たちはことごとく頭をかち割られ、尻から棒を突っ込まれ串刺しにされた。

代表団が皆殺しにされたと知ったボーア達は集団でズルの村を焼き討ちにし、今度はズル村を破壊し、焼け跡から発見された契約書をもとに地域の所有権を得た。それ以後ボーアたちはそこで比較的平和な自治区を保つことができた。イギリス軍が北上してくるまでは。

この後、アフリカではダイアモンドが発見され、イギリスからのビジネスマンたちがどっと押し寄せる。そしてイギリスとボーアとの戦争も起きる。イギリスはボーアによる統治は非人道的であるという口実でボーアを攻めたが、この時点ではすでにイギリスはアフリカに領土を広げたかっただけだと思う。

植民地政策後に悪者にされるイギリス

何にしてもイギリスが進出した地域ではイギリスによってインフラが設立され、道路が通り、鉄道がとおり、病院や学校や教会が出来た。アフリカ人たちは野蛮な生活から文明的な生活をすることが出来るようになったのである。

こうしてみてみると、アフリカはイギリスの植民地政策によって搾取されたというのは言いがかりだということがわかる。確かにダイアモンドや他の好物を採掘したのはイギリス人だが、アフリカ地元民はそんなものが自分らの土地に存在していたこともしらなかったし、よしんば知っていたとしても採掘する技術も持ち合わせていなかった。

イギリス植民地のおかげでアフリカはそれまでよりずっと豊になったのだ。本来なら感謝されこそすれ恨まれる筋合いはないはず。なのに今や元植民地だった国々のアフリカ人だけでなく、当のイギリス人の間ですら、アフリカが未だに第三世界なのはイギリスの植民地政策のせいだったなどというのは何故なのか。

私はこれは、イギリス人が人道的な立場からキリスト教を布教してアフリカ人を野蛮な風習から救ってあげなければならないという使命に燃えたのと同じで、今度は左翼連中がアフリカを貧困から救ってあげなければならないと言ってるだけの違いだと思う。しかし左翼の行き過ぎた同情によって、アフリカへの物資や医療支援をし過ぎたせいで、アフリカでは人口が増えすぎて、欧州にナンミンと言って押し寄せるようになったのだ。