この間のヘイズタウンに続いて、舞台ミュージカル収録映画版のSIX(シックス)を観て来た。本当は叔母ちゃんと観に行く予定だったのだが、何せ叔母ちゃんはスケジュール満載で全然私と出かける暇がない。85歳にしてあの社交性はすっごいものである。私なんぞほとんど一人で過ごしてるのに。もちろん私は一人が好きだから別にいいのだが。ところで前回ご紹介したヘイズタウンは好評で一週間の限定公開の予定だったのに未だに公開されている。あの手の作品としては快挙である。

さてさて、これはミュージカルといってもお芝居になっているわけではなく、まるでSIXというガールバンドのコンサートのような構成になっている。きらびやかな舞台にはバックにキーボード、ギター、ベース、ドラムの演奏者(全員女性)がいて、その前で6人の金ラメの派手なミニドレスや体にぴったりのスパンデックス風パンツをはいた女性たちが次々に歌を披露する。一人が歌っている間は残りの五人がバックアップコーラスを歌ったり一緒に踊ったりする。
さてイギリスの王朝歴史に親しみのない方々のためにちょっと背景を説明しよう。
16世紀に一斉を風靡したイギリスの国王ヘンリー八世は1509年戴冠から1542年死去に至るまでイギリスとアイルランドの王として君臨した。

彼には6人の妻がいた。キャサリン・アラゴン(Catherine of Aragon, アン・ブリーン(Anne Boleyn)、ジェーン・シーモア(Jane Seymour)アン・クリーブス(Anne of Cleves)、キャサリン・ハワード(Catherine Howard)、そしてキャサリン・パー。
なぜこんなにたくさんの妻が居たのかというと、ヘンリーにはお世継ぎが居なかったことが第一の原因。最初の妻キャサリンとは24年も連れ添ったが女の子ひとり(のちのマリー一世)以外は全員幼少期になくなっており、健康な男子が出来なかった。なんとしてでも世継ぎが欲しかったヘンリーはキャサリンと離婚しようとするがカトリックの教えでは離婚ができない。それでヘンリーはキャサリンとの24年間の結婚を無効にしようとした。キャサリンがそれに抗議したため、これがイギリスの宗教改変につながる。結局結婚は無理やり無効にされた。
6人の妻の中でも有名なのは二番目のアン・ブリーン。彼女もまた女の子(のちのエリザベス一世)を生んだだけ。彼女は不倫や反逆の罪で処刑されたが、多くがこれらはヘンリーが離婚が許されていないカトリックの教えを迂回するための口実だったと信じている。これによってヘンリーは離婚を厳しく禁じているカトリックから離れて英国国教会(Church of England)を設立する。
三人目のジェーン・シーモアは男児を生むが産後の肥立ちが悪く、お産から数日後に死去。この時の男の子だけがヘンリーの正式な男児世継ぎエドワード6世である。残念ながらエドワードは病弱で16歳で死去。
四番目の妻クリーブスのアンとは政略結婚だったが、ヘンリーは彼女に魅力を感じず僅か六か月で結婚は無効。しかしアンは経済的に保障されたため、イギリスで悠々自適な暮らしをし、ヘンリーより長生きした。
五番目のキャサリン・ハワードはアン・ブリーンの従弟。結婚2年目にして不倫の罪でアン・ブリーン同様斬首刑に処された。
最後の妻キャサリン・パー。ヘンリーの子供たちの面倒をよくみたそうで、政治力もあったとされ、ヘンリーと娘二人の仲を取り持ったといわれている。唯一ヘンリーから離縁もされず殺されずに夫より長生きした妻。
私は昔イギリスの歴史を学んだ時に疑問を抱いたのは、何故イギリス国王は日本のように側室をたくさん持たないのかということだ。正妻が男子を産めないなら側室に産ませればいいではないかと日本人の感覚では思う。日本では男児を産んだ側室はそれなりに優遇され地位も上がる。だが男児を産まなかった正妻が家から追い出されたり処刑されるなんてことにはならない。
無論イギリス国王にも愛人はいた。多分私生児もたくさん生まれたことだろう。現にヘンリーにも愛人に産ませた男児が居た。ヘンリーが唯一息子として認知したヘンリー・フィッツロイは、1519年6月、王妃キャサリン・アラゴンの侍女エリザベス・ブラウントの間に生まれた。フィッツロイは並外れた爵位と責務を授かり、国王の嫡出子に次ぐ、イングランドで最も位の高い貴族となった。
私はこのイギリスの、国王ですら守らなければならない規則があるという事実が非常に西洋風の考えだなと思ったのだ。
さて、それでは舞台に話を戻そう。
このミュージカルは冒頭で一人が王妃の中で誰が一番悲劇的な人生を送ったかというコンテストをしようと提案する。それで一人一人が自分の人生について歌で語るという構成になっている。
音楽はすべて現代風のポップ調で、ところどころラップなどもはいる。全体的にアップビートで静かなバラードみたいな曲はない。正直歌詞の意味が理解できなくても、歌と踊りだけで十分楽しめるコンサート形式だ。
以前にトランス自認の元ブロードウエイ男優ディラン・モルベイニーがアン・ブリーン役をやるというので話題になったが、アン・ブリーンのナンバーはすごくかわいらしい歌で、アンがちょっと能天気なアイドル歌手みたいにぴょんぴょん跳ねながら歌うので、ディランにはぴったりだったんじゃないかと思った。
私が一番好きだったのはキャサリーン・ハワードのナンバー。彼女はその美貌で知られるが、歌の初めの方は如何に自分が美人であり周りの男性たちを魅了したかという自慢話で始まるのだが、歌が進むにつれ結局自分は美貌以外には何の評価もされなかったという悲しい思いで終わる。笑顔で歌始める彼女がだんだん涙目になっていくのが印象的だ。
一人一人が自分の身の上話をするという設定だから、それぞれの歌手にかなりの歌唱力がないと続かない。この映画のプロダクションでは皆素晴らしい歌唱力をもっており、そのエネルギッシュな熱が伝わってきた。
このミュージカルは歴史的なドラマを演じているわけではないので、配役に黒人が混ざっていることは全く気にならなかった。多様性ある配役はこういうふうにやればいいのだといういい例だろう。
ところでこの演出から感じられるのは、なんといってもガールパワーだ。彼女たちは家父長制の典型みたいなイギリス王室で権力者の犠牲になった悲劇のヒロインではあるが、その彼女たちが自分らの人生を語る上で、舞台が進むうちに、運命に翻弄されながらも自分なりの強い生き方をしたというふうに論調が変わっていく。
バックのバンドがすべて女性で構成されているのも決して偶然ではない。
日本でもウエストエンドの歌手たちによる公演があったが、2025年には日本人キャストでの公園もあった。日本人キャストもやはりバックバンドはすべて女性。
配役:
Jarnéia Richard‑Noel — Catherine of Aragon
Millie O’Connell — Anne Boleyn
Natalie Paris — Jane Seymour
Alexia McIntosh — Anna of Cleves
Aimie Atkinson — Katherine Howard
Maiya Quansah‑Breed — Catherine Parr
制作:
Creative Team Director (Film): Liz Clare
Stage Directors: Lucy Moss & Jamie Armitage
Writers/Composers: Toby Marlow & Lucy Moss
Producers: Kenny Wax, Wendy & Andy Barnes, George Stiles, Dione Orrom
追記
あ、肝心なことを言うのを忘れてた。ヘンリーの死後嫡子のエドワードは16歳の若さで病死してしまうが、その後誰が国王になったか皆さんご存じ?
そう、その通り。
ヘンリーの次女でかの有名なエリザベス一世。イギリス初の女王。