私がお爺ちゃんと呼んできた我が夫ミスター苺の認知症について、以前から色々書いてきたが、実は私もこの病気についてあまり知識がなかったということを最近になって知った。
お爺ちゃんの認知症は原発性進行性失語症(Primary Progressive Aphasia)というものだというお話はしたが、これが前頭葉認知症(Frontotemporal Dementia)の一種であるという事を知ったのは、当初PPAと診断された俳優のブルース・ウィルスが二年後(2024年)にさらに深刻な病気であるFTDであると診断されたという話を聞いたときである。同じPPAを病んでいたウィルスの病状が悪化してFTDと診断されたなら、ウィルスより3年も前にPPAと診断されたお爺ちゃんもとっくにFTDになっているはずだと思ったのだ。
毎年定期健診に通っていた神経科のお医者さんはそんな話はひとつもしてくれなかった。いや、あの医者は最初にお爺ちゃんをPPAだと診断して以来、ほとんど何の情報もくれなかった。今更言ってもしょうがないが、もっと早い時期に別の医者に診てもらうべきだったのかもしれない。
ま、それはともかく、最近になってFTD患者の家族、主に配偶者による体験談を色々と聞いて、この病気がいかに恐ろしい病気であるかを学んだ。
先ず一番悲劇的なのは、FTDは若い人を襲うということである。発病時の平均年齢は50代初期から60代だが、40代なんて人も珍しくなく、私の聞いた一番若い例では20代後半の人もいたくらいだ。
患者の年齢が若いせいで、すぐには認知症と診断されず、うつ病や他の精神病と誤診されることが多い。それで発病してから2~3年は認知症であることがわからず、突然の家族の態度の異変に家族は困惑し苦しむことが少なくない。
この病気は難病であり治ることはなく、発病したら平均7年から12年の寿命と言われている。種類や患者の年齢によっては3年から5年足らずで亡くなることもある。
前頭葉認知症(FTD)の様々な種類
一口にFTDと言っても色々なタイプのものがあり、それによって症状や重度も違う。
1 行動変異型前頭側頭型認知症(Behavioral Frontotemporal Dementia BFD):
FTDの中で最も一般的なタイプであり、人格や行動に著しい変化が現れることが特徴である。患者は社会的に不適切な行動、共感の欠如、衝動性を示すことがある。また、身だしなみの低下や意欲の減退も見られる場合もある。
初期症状
- 自発性の低下:自分から何かに取り組む姿勢がみられなくなる。家事をしなくなる、質問しても真剣に答えない(考え不精)、適当に答える、ぼんやりとして何もしない、引きこもるといった様子がみられる。
- 感情の麻痺:感情が鈍くなり、他人への興味がなくなります。また、病気で寝ている家族に普段と同じように食事を要求するなど、共感・感情移入ができないなどが起こる。
- 食事や嗜好の変化: 食習慣に変化が見られる。食事のメニューにこだわり、同じものをいくつも食べたり、盗み食いをしたりする。甘いものを過剰に摂るようになることも多くなる。
- 抑制が効かない: 刺激に対する反応や欲求が抑えられず、本能のまま行動するようになる。相手に対して遠慮がなくなり、礼儀に欠ける行動をとったり、暴力をふるう、社会性がなくなる、悪ふざけなどがみられる。万引きをしたり、痴漢行為など反社会的な行動も出てくるが、道徳観が低下するため、本人には罪悪感がない。
2 原発性進行性失語症(Primary Progressive Aphasia PPA):
PPAは主に言語能力に影響を与えるFTDの一種であり、以下の3つの亜型がある。
- 進行性非流暢性失語症(PNFA):この亜型では発話生成と文法に困難が生じ、文章形成が難しくなる。
- 意味性認知症(SD):単語の理解・使用能力が失われ、理解力と語彙に影響を及ぼす。
- 失語性進行性失語症(LPA):単語の想起困難と文構築困難が特徴で、理解力は比較的保たれる。(お爺ちゃんは発病当初はこのタイプだったと思う)
3 進行性核上性麻痺 (Progressive Supranuclear Palsy PSP):
PSPは運動機能、平衡感覚、眼球運動に影響を及ぼす稀なタイプのFTDである。症状には平衡感覚障害、筋強剛、視覚障害、言語障害などが含まれる。パーキンソン病など他の疾患と症状が類似するため、診断が困難な場合がある。
4 皮質基底核変性症(Corticobasal Degeneration CBD):
CBDは、特定の脳領域に進行性の損傷をもたらすもう一つの稀なFTDである。症状には筋力低下、振戦、認知機能の低下がよく見られる。通常、体の片側から始まり、進行に伴い重大な身体的・認知的課題を引き起こす可能性がある。
私が幸運だと思うわけ
ここまで読めば、同じFTDでも種類によって症状がかなり異なるということがお判りいただけただろう。例えば一番よくあるというBFDだが、かなり反社会的な行動をとるようになり、社交の場でも他人の皿から無断で食べ物を取ったり、男性の場合同僚にセクハラしたりするようになったるする。また家族に対する感心が全くなくなり、配偶者や子供を無視するようになる人もいるという。
20代で夫がBFDを発病した若い女性は、四人目の子供を妊娠している時に夫が発病。上の子たちの子守を頼んで自分が出かけた時、まだ2歳と3歳だったうえの二人を庭で遊ばせて自分はテレビを観ていたのを発見したそうだ。放っておくとなんでも食べてしまい、一年で50kgも太ったという。
初期の頃は身体も健康だし、本人も自分が何かおかしなことをやっているという自覚がない。だから暴力的になったりされたら家族はとても手に負えない。
それでこの女性はひと月7000ドルもする介護施設に夫を預けたという。彼の寿命はせいぜい5年だと言い渡されたそうだ。
お爺ちゃん日記を読んでくださっていた読者諸氏はうちのお爺ちゃんがそんな風ではなかったことはよくご存じである。お爺ちゃんはPPAで自分の認知力の衰えを家族や他人が気付く前に気付き、自発的に医者に行った。車の運転を禁じられた時も素直に応じたし、初期の頃は他人に迷惑をかけるような行為は一切なかった。
私が一番神に感謝していることは、主人は他人を想う気持ちを失わないでくれたことだ。自分で何もできなくなっても、彼は私や叔母ちゃんや友達のP爺さんや他の家族への愛情を失わなかった。好きな人たちに囲まれると嬉しそうにしていた。クリスマスや感謝祭で家族が集まるのを楽しんでいた。言葉は失ったが、自分にとって大切な人が傍にいることは理解していた。
時々お風呂を嫌がったり、感情的になって私に怒鳴ったりしてしまったときでも、彼は申し訳なさそうに私に謝った。不安になると私に抱き着いて泣いたりした。
もうほとんど何もわからなくなってしまった今ですら、私や叔母ちゃんを見ると嬉しそうにする。表情は昔のように豊ではないけれど、まだかすかに彼の愛を感じることができる。
だから私は本当に幸運だと思う。この病気は彼の認知力や運動能力を奪ったけれど、彼が私を愛する心を奪わないでくれた。それだけでも、いやそれだからこそ、私は心から自分の幸運を神に感謝したい。