昨日友達のL爺さんと一緒に「夜叉が池」(英語の題名は"Demon Pond")を観た。実はこの映画、1979年に公開されてから一度テレビで放映されて以後、42年間も権利の関係で一度もテレビ放送もされず、VHSや後のDVD発売もされずネット配信もされなかった。42年間も幻の映画として封印されていた。しかし2021年に主演の坂東玉三郎と監督の篠田正浩の働きで遂に4Kデジタルリマスター版が映画館で公開された。そして2024年には待望のDVDやBlueRayなどでの発売が実現した。
私には記憶がないのだが、友人のLは私を含んだ映画好き仲間と一緒に1979年公開時にこの映画を観たと言っている。当時ダウンタウンロサンゼルスに国際劇場という日系人経営の映画館があり、そこでは日本映画を中心に外国の映画が良く上演されていた。確かに私はこの映画の公開時に観ているし、その時はアメリカに居たのでLの記憶は正しいのだろう。
Lはこの映画が凄く好きで、ずっとビデオ発売を待っていたのだが、まさかこんなに長く待たされるとは思っていなかった。生憎DVD販売が始まった2024年、Lは入院中で、その後も長らく映画を観られる環境には居なかったので、映画鑑賞は今になってしまったというわけである。
『夜叉ヶ池』(やしゃがいけ)は戯曲作家の泉鏡花の作品で、天守物語と並んで有名なファンタジー物語である。

あらすじ
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物語は山澤という若い教師が植物学の研究がてら、夏休みの最後をつかってとある山村を訪れるところからはじまる。その村にある夜叉ヶ池という大きな池を見に行くのが目的である。しかしこの村は日照り続きなのか地べたはひびが入るほど乾燥しており、田んぼの稲も枯れている。やっと見つけた井戸も完全に干からびていた。山澤は突風にあおられ目にゴミがはいってしまうのだが、立ち寄った民家では数人の男たちが何やら深刻な会議中。目を洗う水をもらえればと言う山澤に、「水だと!」と男が怒った声で怒鳴る。奥から出て来た女が自分の乳で目を湿らせてあげると近づくが、山澤は驚いて「もう大丈夫です」と言って家をでる。
ところが不思議なことに、里を離れて山の方に登っていくと、なんとそこでは泉が湧き出ているのを発見。顔を洗って水をがばがばと飲む。そこから少し歩いた先に家があり、その脇の湧き水で女がしゃがんで野菜を洗っている。振り向いた女のあまりの美しさに山澤は一瞬声を失ってしまう。
偶然にもその女は3年前に失踪して行方知れずになっていた山澤の親友荻原晃(あきら)の妻、百合だった。

荻原はこの村に伝わる伝説の話を始める。夜叉ケ池には竜神が住んでおり、代々竜神と人間との間で交わされた約束により、毎日三回寺の鐘を鳴らす限り、竜神は池を氾濫させないことになっている。荻原が3年前にこの村に来た時、30年間鐘を鳴らし続けてきた寺の住職が荻原の目の前で死んでしまった。死に際に鐘は俺が鳴らしてやると安請け合いをしてしまった荻原は、村人たちに後継ぎを頼むが村人はそんなのは迷信だと言って笑い飛ばす。腹を立てた荻原はそのまま東京へ帰るつもりだったが、忘れ物を届けに来た老人の孫娘百合の魅力に魅せられて、そのまま寺にいついて鐘を打ち続けていたのだった。
一方竜神の姫、白雪姫は近隣の千蛇ケ池の若君に恋をしており、若君の元に飛んでいきたいと熱望しているが、それをすると夜叉ケ池と千蛇ケ池をつなぐための川が出来てしまい、その間にある村々とそこに住む8千人の民が川底に沈んでしまうことになる。姫は鐘の音を常々忌々しく思っている。それで人が一度でも鐘を鳴らし忘れたら容赦はしないと考えている。***
私は泉鏡花の天守物語もやはり坂東玉三郎の主演で観たことがある。そちらのほうは映画ではなく舞台だった。夜叉ケ池も元々は舞台のお芝居として書かれているので、映画ではあるがかなり舞台風の芝居がかった演出になっている。
この映画では人間の世界と妖怪の世界との二つに分かれて話が進む。
この二つのお芝居に共通しているのは、人間の世界と妖怪の世界が同時に存在しているということ。玉三郎は映画のなかで百合と妖怪の姫である白雪姫の二役を演じている。
山澤たちの居る時代は泉がこの作品を書いた当時の1930年代で、人々の演技は当時の普通の現代人たちのような振る舞いだ。玉三郎の化粧も当時の人風で、歌舞伎のお姫様のような厚化粧ではない。私が彼を男と知っているからなのか、この薄化粧では彼は普通の女性には見えない。しかし、それが荻原を魅了してしまった神秘的な美しさの要素となっている。
玉三郎は歌舞伎の女形なので、現代人の役を演じていてもその立ち居振る舞いは不自然に美しい。なんというか宝塚の男役が普通の男のようには振る舞わないのと同じで、女形の動きというのは独特なものがある。私は玉三郎の踊りを舞台でみたことがあるが、彼は物凄く身体が柔らかい。だから後ろに反る時など頭が足についてしまうのではないかと思うほど曲がるのである。それでこの映画でも牛に無理やり乗せられるシーンがあるのだが、あんなことは普通の人にやったらそれだけで背骨が折れてしまうのではないかとさえ思える。玉三郎だから出来た技だと言う気がする。
一旦舞台が白雪姫たちの世界に移ると、一瞬にして時代が戦国時代のような昔の世界にさかのぼってしまう。姫のきらびやかな衣装を始め他の登場人物(妖怪)たちの衣装も昔風だ。そして妖怪たちの演技も歌舞伎調で現代風ではない。この妖怪たちを演じるのは常田富士夫や三木のり平といった往年の名優たちである。そして背景には冨田勲のシンセサイザー音楽が流れ、その神秘的な世界にぴったりである。
この映画は2時間と長いのだが、今こうやって思い起こしてみると特に込み入った話ではない。しかしそのペースはかなりゆっくりである。
この映画は特撮にもかなり力を入れており、撮影も色々なところでされている。先ず冒頭の地面が干からびた砂漠のような場所だが、実はこれはカリフォルニアのジョシュアツリー公園のなかだ。私はジョシュアツリーには何度も行っているのですぐにどこか分かった。いや、砂漠なんてどこも同じでしょと思うかもしれないが、ジョシュアツリーと呼ばれるあの種の木はジョシュアツリーにしかないのである。そして最後に出てくる大きな滝はブラジルのイグアスの滝なのは一目瞭然。あの滝は色々な映画で使われているから見覚えがあった。

最後の洪水のシーンは圧巻なので出来れば是非劇場で観ていただきたい。

主な配役:
百合/白雪姫:坂東玉三郎(二役)
萩原晃:加藤剛
山澤学円:山﨑努
湯尾峠の万年姥:丹阿弥谷津子
鯉七:井川比佐志
蟹五郎:常田富士男
鯰入:三木のり平